旅をする魂 澁澤龍彦『高丘親王航海記』

 

(ネタバレ)高丘親王は実在の人物である。平安時代の初期に平城天皇の第三皇子として生まれた。のちに出家し空海に弟子入りした。還暦を過ぎて仏法を究めるため、唐に渡り、さらに天竺を目指し、消息を絶った。

 澁澤龍彦の遺作『高丘親王航海記』は親王が広州の港を出航するところから始まり、羅越国(シンガポール付近)で亡くなるまでを描いているので、小説の枠組みはおおむね史実に沿っている。しかし、史実に沿っているのは枠組みだけで、高丘親王と三人の従者の旅路は夢と奇想に溢れた幻想譚である。

 そもそもなぜ親王は天竺を目指すのか。「仏法を究めるため」というのは、ちょうどこの小説が史実を枠組みとしているようなもので、親王の心にはまだ見ぬ地への純粋なあこがれがあった。そして、その「天竺」へのあこがれは親王が幼いころ父平城帝の寵愛を受けていた藤原薬子との思い出から来ている。添寝をしながら薬子が口にする「天竺」ということばは、未分化な性愛の記憶に重なり、親王の心の奥深くに残った。あこがれが「天竺」という仮の姿を持ったもので、それ以上説明のつかないものである。

『高丘親王航海記』は、純粋な未知のものへのあこがれを刺激し、本を読むというただそれだけの愉しみを思い出させてくれた。ぼくは自然に「魂」ということばを思い浮かべた。その「魂」は高丘親王という唯一無二の人物を得て、作中に旅する魂として立ち現れたのだった。

 親王一行の行く手には、奇妙な動植物が次々と現れる。真臘(カンボジャ)では下半身が鳥の姿をした女、アラカン国では犬頭人スマトラ島のスリウィジャヤでは人の汁を吸ってたちまちミイラにしてしまうという巨大な人食い花といった具合。中でも出帆してすぐ南海で出会った儒艮(ジュゴン)は従者の一人秋丸に教えられ、ことばを話すようになり、一行の旅についてくる。

 こうした奇想に満ちた世界、それは夢の世界である。親王は夢見の達人であり、親王は実にしばしば眠り込み、夢を見る。章がまるごと親王の夢であったという設定さえあるが、これは作中に奇想を導き入れるための手段ではない。むしろ夢を書くことが『高丘親王航海記』の主題であったと思われる。このように考えるのは西郷信綱の『古代人と夢』にある夢は魂の通い路であり、「私は魂の保管所」だというのを思い出したからである。

 高丘親王が「天竺」を目指すとき、そこには幼少期における薬子への想いがあったことは、薬子の次のようなイメージがくりかえし現れることでもわかる。

「薬子はつと立ちあがって、枕もとの御厨子棚から何か光るものを手にとるや、それを暗い庭に向かってほうり投げて、うたうように、

『そうれ、天竺まで飛んでゆけ』

その不思議なふるまいに、親王は好奇心いっぱいの目を輝かせて、

『なに、なにを投げたの。ねえ、教えて。』」

 薬子はこのとき投げたものを、「わたしの未生の卵」と呼び、「天竺まで飛んでいって、森の中で五十年ばかり月の光にあたためられると、その中からわたしが鳥になって生まれてくるのです」と言う。

 薬子や師空海に再び出会うことが高丘親王の旅に秘められた目的だったとすれば、すでに他界した彼らに出会うためには、どうしても魂は保管所から抜け出し、夢という回路を利用するしかない。『高丘親王航海記』が与える不思議な印象、目的地を目指すことが自己を遡及することと同義であるような旅は親王の魂が夢の旅路を通っているからにほかならない。

 果たして親王は旅の目的を達したのだろうか。それには、旅をする魂に追いすがろうとする死について言及する必要がある。一行の旅についてきていた儒艮はこんなことを言い残して死んでいく。

「とても楽しかった。でもようやくそれが言えたのは死ぬときだった。おれはことばといっしょに死ぬよ」

 本作執筆当時、病床にあった澁澤龍彦が死を意識していたことはまちがいないだろう。儒艮の死が描かれるのは第一章「儒艮」。「ことばといっしょに死ぬ」というのは、作家の意識が反映しているように見えないこともないが、ぼくは取らない。大事なのはそのあと「たとえいのち尽きるとも、儒艮の魂気がこのまま絶えるということはない」。この旅路にことばはいらない、と言っているように思えるのだ。夢を通う魂の旅路にことばは不要。第一章でそれを儒艮に持って行ってもらった、そう読めないだろうか。

 親王は旅に病を得て、物語は次第に死の影が色濃くなっていく。親王スマトラ島のスリウィジャヤで親王と再会したパタリヤ・パタタ姫と次のような会話を交わす。

「ねえ、ミーコはほんとうに、死んでもよいから天竺へわたりたいと考えていらっしゃいますの」

「もちろんですとも。渡天はわたしのいのちを賭けた大業ですから、死ぬことは少しも厭いませぬ」

「すると、天竺へついてから死なれても、死なれてから天竺へおつきになっても、結果的にはそれほど変わりませんわね」

 果たして親王が選んだ方法は自身の体を虎に食わせて、魂が天竺への旅を続けるというものだった。魂がその保管所から抜け出す手段として、これ以上のものがあるだろうか。高丘親王の旅は続く。死を意識した作家の矜持もここに現れている。