変化を生きる ミッシェル・ビュトール『心変わり』

 パリ発ローマ行の汽車に乗り込む「きみ」は、重大な決意を胸に秘めていた。パリの妻子を捨て、ローマの愛人とパリで同棲を始めること。「きみ」はまだ45歳。新しい人生を始めるには、まだ十分に若い。いや、そうだろうか。これが最後のチャンスだとどこかで理解しての決意かもしれない。いずれにせよ、「きみ」と二人称で呼ばれるこの男はいったいだれなのか。「ぼく」でもなく、「かれ」でもないこの男が、ローマへと向かう列車に揺られている時間と『心変わり』を読んでいる時間が重なり合う。「きみ」はだれかがこの本を読むたびに、パリからローマへ向けて出発する。「きみ」はそのだれかだ。だから、アンリエットが「きみ」にひややかな視線を向けるのも、母親にならって子供たちが「きみ」をばかにするのにも、がまんならないし、ローマ駅で「今度はいついらっしゃるの」というセシルを抱きしめたくもなるのだった。「きみ」=読者は変化そのものを生きている。タイトル通りのなりゆきなのに、ひどく動揺してしまった。