2012-01-01から1年間の記事一覧

中世の推理小説は可能か ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』

薔薇の名前〈上〉作者:ウンベルト エーコ東京創元社Amazon 中世北イタリアの僧院で、修道士たちが次々と謎の死を遂げる。折しも僧院では「清貧論争」において対立するフランシスコ会とアヴィニョン教皇を代表する使節団による会談が行われようとしていた。事…

光と波紋 朝井リョウ『桐島、部活やめるってよ』

桐島、部活やめるってよ (集英社文庫)作者:朝井 リョウ集英社Amazon「なんで高校のクラスって、こんなにもわかりやすく人間が階層化されるんだろう。男子のトップグループ、女子のトップグループ、あとまあそれ以外。ぱっと見て一瞬でわかってしまう。」 ブ…

アンパンマンは中世的? ホイジンガ『中世の秋』

中世の秋 上巻 (中公文庫 D 4-3)作者:ホイジンガ中央公論新社Amazon 中世ヨーロッパと聞いて何を思い浮かべるだろうか。騎士道精神、王侯貴族の宮廷生活、教会の権威、魔女狩り…。いくつか単語が断片的に浮かぶ程度。そんなぼくが読んでもおもしろいのが、歴…

「いい子」の正体 青木淳悟『いい子は家で』

いい子は家で作者:青木 淳悟新潮社Amazon こわっ! っていうのが最初の感想。じゃ、いったい何がこわいのか、それを説明するのは、難しい。宮内孝裕と名乗る次男の視点から、たんたんと家族の話が語られる。会社勤めを辞めてふたたび同居するようになった長…

意外にコンサバ? 赤坂真理『ミューズ』

ミューズ (講談社文庫)作者:赤坂 真理講談社Amazon 関西生まれ、関西在住なので、関東の地理がわからない。東京の地名を聞いても、それによって喚起されるイメージはとぼしい。『ミューズ』では成城という地名が重要な意味を持つ。成城の矯正歯科で歯列矯正…

キャラにはじまり、キャラにおわる 白岩玄『野ブタ。をプロデュース』

野ブタ。をプロデュース (河出文庫)作者:白岩 玄河出書房新社Amazon天然、いじられ、毒舌、切れ、萌え、お馬鹿など、いつごろからか人の性格を評するとき、キャラという言葉を使うようになった。『野ブタ。をプロデュース』の桐谷修二なら、チャラ男キャラと…

流れる。生きる。 椎名誠『水域』

水域 (講談社文庫)作者:椎名 誠講談社Amazon 椎名誠が1990年に発表した「SF三部作」(『アド・バード』『水域』『武装島田倉庫』)の第二作。三部作とはいっても、なんらかの破局が訪れた後の終末的な雰囲気を共有している程度で、それぞれ独立した作品であ…

行きはよいよい… 万城目学『鴨川ホルモー』

鴨川ホルモー 「鴨川ホルモー」シリーズ (角川文庫)作者:万城目 学KADOKAWAAmazon 知らず知らずのうちに思わぬ深みにはまっている。えらいとこまで来てもうたなあという実感は、『鴨川ホルモー』の作中人物たちも、この小説の読者も同じじゃないだろうか。 …

母物のおわり 笙野頼子『母の発達』

母の発達 (河出文庫―文芸コレクション)作者:笙野 頼子河出書房新社Amazon 日本文学と母との縁は切っても切れない。「第三の新人」を取り上げた江藤淳の評論『成熟と喪失』の副題は「母の崩壊」。江藤は庄野潤三や安岡章太郎、小島信夫らの作品を通じて、戦後…

ファブリスは成長しない スタンダール『パルムの僧院』

パルムの僧院 上 (岩波文庫)作者:スタンダール岩波書店Amazon『限りなく透明に近いブルー』の主人公リュウの女友達リリーが『パルムの僧院』を読んでいた。ドラッグに溺れ、荒廃した若者の日常を描く『限りなく透明に近いブルー』の世界と対照的な静かな僧院…

運命は待ってくれない メリメ『エトルリヤの壺 他五篇』

エトルリヤの壺 他五篇 (岩波文庫 赤 534-1)作者:メリメ岩波書店Amazon 神話や昔話を読んでいて感じる違和感のひとつは、手加減のなさである。主人公に襲い掛かる過酷な運命、容赦なしの、無差別の暴力にさらされる姿は、圧倒的な自然の前にして無力な人間の…

愛してはいけない ジッド(ジイド)『狭き門』

狭き門 (新潮文庫)作者:ジッド新潮社Amazon 好きなものを好きと言い、嫌いなものを嫌いと言う。あたりまえのことみたいだけど、そうでもない。いちばんほしいものを目の前にして、それがほしいということができない人って、けっこういるんじゃないかと思う。…

幽霊としての都市  イタロ・カルヴィーノ『見えない都市』

見えない都市 (河出文庫)作者:イタロ カルヴィーノ河出書房新社Amazon 奔放な想像力を楽しめる小説をもう一つ。カルヴィーノの『見えない都市』は、マルコ・ポーロが数々の旅で見聞した奇想天外な都市を元の皇帝フビライ汗に報告するといういわゆる枠物語の…

輝きと持続 スティーヴン・ミルハウザー『イン・ザ・ペニー・アーケード』

イン・ザ・ペニー・アーケード (白水Uブックス―海外小説の誘惑)作者:スティーヴン ミルハウザー白水社Amazon スティーヴン・ミルハウザーの目を見張るような想像力を存分に楽しめる中・短編集。精密なからくり人形を作る天才職人の話「アウグスト・エッシェ…

アメリカ人は何に怯えているのか  カート・ヴォネガット・ジュニア『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』

ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを (ハヤカワ文庫 SF 464)作者:カート・ヴォネガット・ジュニア早川書房Amazon アメリカ文学がなぜ無垢(イノセンス)というテーマにこだわるのか、その明快な回答のひとつがカート・ヴォネガットによる『ローズウ…

「ぼく」語りの系譜 庄司薫『赤頭巾ちゃん気をつけて』

赤頭巾ちゃん気をつけて (中公文庫)作者:庄司 薫中央公論新社Amazon 『赤頭巾ちゃん気をつけて』を読んで思ったのは、サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』や、村上春樹の『風の歌を聴け』、『ノルウェイの森』にそっくりだということだ。でもたぶんそん…

女子高生の描き方 その2 江國香織『いつか記憶からこぼれおちるとしても』

いつか記憶からこぼれおちるとしても (朝日文庫)作者:江國 香織朝日新聞社Amazon「学校では毎日いろいろなことがおこる。教室のあちこちで。 ワールドニュースみたいだ。どこかの国では戦争をしていて、どこかの国には寒波がきている。ほとんど裸みたいな恰…

女子高生の描き方 その1 山田詠美『放課後の音符』

放課後の音符(キイノート) (新潮文庫)作者:詠美, 山田新潮社Amazon「良い大人と悪い大人を、きちんと区別出来る目を養ってください」 山田詠美は、女子高生の恋をテーマにした短編集『放課後の音符』のあとがきにこう書いている。「良い大人」「悪い大人」…

「物語」と「文学」のあいだ  大塚英志『物語の体操』

物語の体操―みるみる小説が書ける6つのレッスン (朝日文庫)作者:大塚 英志朝日新聞社Amazon「みるみる小説が書ける6つのレッスン」と副題の付された本書は、大塚英志が専門学校で担当していた講義もとにしていて、以下のような人々を読者として想定している…

恋愛、冒険、戦争、ミステリー、あるいはだまし絵  マイケル・オンダーチェ『イギリス人の患者』

イギリス人の患者 (新潮文庫)作者:マイケル オンダーチェ新潮社Amazon 第二次世界大戦の末期、フィレンツェの北に位置するサン・ジローラモ屋敷でハナという若い看護婦が全身にやけどを負った男を世話していた。男は「イギリス人」と名乗るが、その正体は不…

変わり続ける「いま」  野中柊『参加型猫』

参加型猫 (角川文庫)作者:野中 柊角川書店Amazon『参加型猫』という、なんとなく矛盾を含んでいるようなおもしろいタイトルに惹かれ、久しぶりに野中柊の本を手に取った。この作家の書くものは、奇妙に奥行きがなく、のっぺりした感じがする。勘吉と沙可奈と…

「性」をとおって無時間の中へ D・H・ロレンス『チャタレイ夫人の恋人』

完訳チャタレイ夫人の恋人 (新潮文庫)作者:D.H. ロレンス新潮社Amazon『チャタレイ夫人の恋人』は、昭和25年に小山書店から完訳版が出版されると、わいせつ文書の罪で起訴された。裁判は最高裁まで争われ、最終的に発行人と訳者が有罪(罰金刑)になった。こ…

即興と直観  吉本ばなな『体は全部知っている』

体は全部知っている (文春文庫)作者:吉本 ばなな文藝春秋Amazon よしもとばななは『体は全部知っている』について次のように書いている。「この小説集は、ずっとしたかったこと(寓話的に描く、だとか一筆書きのようなスピード感を持たせる、だとか全然異な…

かたちにならないもののかたち 角田光代『だれかのいとしいひと』

だれかのいとしいひと (文春文庫)作者:角田 光代文藝春秋Amazon 角田光代という作家とは、相性悪いみたいで、たまに目にする文章はほとんど「なんかちがう」だった。でも、恋愛や仕事がうまくいかない男女を描いた短編集『だれかのいとしいひと』は、おもし…

風がはこぶ物語 いしいしんじ『白の鳥と黒の鳥』

白の鳥と黒の鳥 (角川文庫)作者:いしい しんじKADOKAWAAmazon 民話風、童話風、ほら話風、純文学風、稲垣足穂風などなど、『白の鳥と黒の鳥』はバラエティーに富んだ19のお話が収録された短編集。こんないろんな話が一人の作家によって書かれるということが…

暖かさと冷たさ 小川洋子『偶然の祝福』

偶然の祝福 (角川文庫)作者:小川 洋子KADOKAWAAmazon 小川洋子の世界は美しく冷たい。この美しさと冷たさは表裏一体で、昆虫の標本のようなもの。連作短編集『偶然の祝福』の主人公である作家は「失踪者たちの王国」について考える。 「さよならも告げず、未…

日常と推理 北村薫『空飛ぶ馬』

空飛ぶ馬 (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)作者:北村 薫東京創元社Amazon 世界的科学者の美人令嬢が完全な密室で血まみれになって発見されるという『黄色い部屋の謎』がそうだったように、推理小説には特別な事件がつきもので、「ダイイング・メッセージ…

密室とメロドラマ ガストン・ルルー『黄色い部屋の謎』

黄色い部屋の謎 (創元推理文庫)作者:ガストン ルルー東京創元社Amazon どういうわけかときどき推理小説を読みたくなる。「密室」とか「意外な犯人」とか「犯人はこの中にいる」みたいな決まり文句の世界。『黄色い部屋の謎』はそんな要素の詰まった推理小説…

ことばの国 その2 多和田葉子『飛魂』

飛魂作者:多和田 葉子講談社Amazon 「ある日、目を覚ますと、君の枕元には虎が一頭、立っているだろう。天の色は瑠璃、地の色は琥珀、この両者が争えば、言葉は気流に呑まれて、百滑千擦し、獣も鳥も人も、寒暑喜憂の区別をつけることができなくなる。」 『…

ことばの国 その1 青木淳悟『四十日と四十夜のメルヘン』

四十日と四十夜のメルヘン作者:青木 淳悟新潮社Amazon チラシ配りのバイトをしている男が配りきれなかったチラシをうちに持って帰ってくる。チラシはどんどんたまっていく。男はチラシの裏に日記を書いたり、童話を書いたりしている。現実世界が日記に記述さ…