2014-01-01から1年間の記事一覧

小は大をかねる 木皿泉『昨夜のカレー、明日のパン』

昨夜のカレー、明日のパン作者:木皿 泉河出書房新社Amazon『すいか』『野ブタ。をプロデュース』『Q10』などのテレビドラマの脚本で知られる木皿泉(和泉務と妻鹿年季子夫婦の共同ペンネーム)。本書『昨日のカレー、明日のパン』が小説家デビュー作。7年前…

語る男、沈黙する女 村上春樹『女のいない男たち』

女のいない男たち作者:村上 春樹文藝春秋Amazon書き下ろしの表題作のほか「ドライブ・マイ・カー」「イエスタデー」「独立器官」など、6編の短編が収録された短編集。村上春樹は「まえがき」で本書のモチーフを「いろいろな事情で女性に去られてしまった男た…

「お約束」の効用と罠 ほしよりこ『逢沢りく』

逢沢りく 上作者:ほし よりこ文藝春秋Amazon「まだ上巻しか読んでない(ゆっくり読む漫画だと思ったから)」 「ものすごく泣いた」「ほしよりこの才能はほんものだと思った」 「キャラを書くのがうまいと思った」 これはぼくの周りで『逢沢りく』を読んだ人…

「あなた方」と語りかける語り手 ジャン・ジュネ『泥棒日記』

泥棒日記 (新潮文庫)作者:ジャン ジュネ新潮社Amazon「裏切りと、盗みと、同性愛が、この本の本質的な主題である」というジャン・ジュネは、本書『泥棒日記』において、「あなた方」とか「あなた方の世界」という表現をくりかえし、自分が生きてきた世界と自…

裸の王様とどろぼう少女 佐藤春夫『田園の憂鬱』

田園の憂鬱 (新潮文庫)作者:春夫, 佐藤新潮社Amazon感受性が強いのだか、繊細すぎるのだか知らないが、都会生活に疲れ果てたという若い芸術家が元女優の女と犬二匹、猫一匹を連れて田舎の一軒家に移り住む。梅雨の長雨がいつまでもやまないうっとうしい天気…

「力」を失って見えたもの ル=グウィン『帰還 ゲド戦記 最後の書』

帰還作者:アーシュラ・K・ル=グウィン岩波書店Amazon大きなショックとともに『帰還 ゲド戦記 最後の書』(原題Tehanu, The Last Book of Earthsea)を読み終えた。ゲド戦記シリーズは1968年から72年の間に第1巻から第3巻までが発表されている。しかし、本書…

イロニーとしての月と星 稲垣足穂『一千一秒物語』

一千一秒物語 (新潮文庫)作者:足穂, 稲垣新潮社Amazonある夜倉庫のかげで聞いた話 「お月様が出ているね」 「あいつはブリキ製です」 「なに ブリキ製だって?」 「ええどうせ旦那 ニッケルメッキですよ」(自分が聞いたのはこれだけ) (「一千一秒物語」)…

絡み合う髪 朝吹真理子『きことわ』

きことわ (新潮文庫)作者:朝吹 真理子新潮社Amazonこの小説のすごさをどう説明すればいいだろう。新潮文庫版の解説で町田康は「そこには夢と脈絡が調和を保ち、いずれ死ぬる私たちが平生、けっして感知・感覚できない景色がある」「官能という言葉の本来の意…

死と魔法 ル=グウィン『さいはての島へ ゲド戦記3』

さいはての島へ: ゲド戦記 3 (岩波少年文庫)作者:アーシュラ・K. ル=グウィン岩波書店Amazon大賢人となったゲドが院長を務める魔法の学院に多島海域の各地からまじない師が呪文を忘れたり、魔法が効かなくなったりするという報告がもたらされていた。ゲドは…

二元論を超える ル=グウィン『こわれた腕環 ゲド戦記2』

こわれた腕環: ゲド戦記 2 (岩波少年文庫)作者:アーシュラ・K. ル=グウィン岩波書店Amazon カルガド帝国のアチュアンの墓所の大巫女が死ぬと、周辺の町や村から同じ日の夜に生まれた女の子が探し出され、墓所の大巫女になるべく連れてこられる。5歳の女の子…

見届ける力 ル=グウィン『影との戦い ゲド戦記1』

影との戦い: ゲド戦記 1 (岩波少年文庫)作者:アーシュラ・K. ル=グウィン岩波書店Amazon『ゲド戦記』は、アーシュラ・K・ル=グウィンによって1968年から2001年にかけて発表されたファンタジーの連作。その第1作にあたる『影との戦い』は、アースシーの光と…

「かしこい女中」と戦争 中島京子『小さいおうち』

小さいおうち (文春文庫)作者:中島 京子文藝春秋Amazon 元女中の回想録にあったのは、戦争の影響が次第に色濃くなる時代の秘められた恋愛だった。戦争とそれがもたらす悔恨を一女中の目を通して描く中島京子の直木賞受賞作『小さいおうち』は、山田洋次監督…

今何が起こりつつあるのか 内田樹編『街場の憂国会議』

街場の憂国会議 日本はこれからどうなるのか (犀の教室)作者:内田樹,小田嶋隆,想田和弘,高橋源一郎,中島岳志,中野晃一,平川克美,孫崎享,鷲田清一晶文社Amazon 安倍首相が気持ち悪い。政策も顔も話し方も何もかも。2013年12月の特定秘密保護法案の成立をはじ…

描写すること 国木田独歩『武蔵野』

武蔵野 (新潮文庫)作者:独歩, 国木田新潮社Amazon「秋九月中旬というころ、一日自分がさる樺の林の中に座していたことが有ッた。今朝から小雨が降りそそぎ、その晴れ間にはおりおり生ま暖かな日かげも射してまことに気まぐれな空合い。あわあわしい白ら雲が…

語ること、生きること ツルゲーネフ『猟人日記』

猟人日記 上 (岩波文庫 赤 608-1)作者:ツルゲーネフ岩波書店Amazon帝政ロシア時代の貧しい農奴の生活を写実的に描いた連作中短編集。ツルゲーネフは農奴制を批判したとして逮捕されるが、アレクサンドル2世による農奴解放という決断に大きな影響を与えた…。…

夢という回路 西郷信綱『古代人と夢』

古代人と夢 (平凡社ライブラリー)作者:西郷 信綱平凡社Amazon 西郷信綱の『古代人と夢』は、昔の人は夢をこんなふうに考えていたのかという新鮮な驚きに満ちている。王位継承者を夢で決めたり、夢の中に現れた観音様のお告げを信じたり、夢の売り買いまです…

悩む男 二葉亭四迷『浮雲』

浮雲 (岩波文庫)作者:二葉亭 四迷岩波書店Amazon 最初の言文一致小説として知られる二葉亭四迷の『浮雲』は次のように始まる。 「千早振る神無月ももはやあと二日の余波となッた二十八日の午後三時頃に、神田見附の内より、塗渡る蟻、散る蜘蛛の子とうようよ…

無時間からビルドゥングスへ 中勘助『銀の匙』

銀の匙 (岩波文庫)作者:中 勘助岩波書店Amazon『銀の匙』というと、荒川弘の漫画(吉田恵輔監督の実写版よかった!)を思い浮かべる人も多いと思うけど、本書の作者は中勘助。前篇が明治44年、後篇が大正2年に書かれた。幼年期から17歳までのさまざまな出来…

いつになったら目が覚めるのか 夢野久作『ドグラ・マグラ』

ドグラ・マグラ(上) (角川文庫 緑 366-3)作者:夢野 久作KADOKAWAAmazon「狂気の書」とか「稀代の奇書」とか評される夢野久作の『ドグラ・マグラ』(小栗虫太郎『黒死館殺人事件』、中井英夫『虚無への供物』とともに日本探偵小説三大奇書と言われるらしい)…

現実へ その2 辺見庸『もの食う人びと』

もの食う人びと (角川文庫)作者:辺見 庸KADOKAWAAmazon 書評サイトHONZの代表、成毛眞によるその名も『面白い本』(岩波新書)には、選りすぐりのノンフィクション100冊が紹介されているが、「鉄板すぎて紹介するのも恥ずかしい本」として紹介されているのが…

家守が守っているもの 梨木香歩『家守綺譚』

家守綺譚 (新潮文庫)作者:香歩, 梨木新潮社Amazon ボートで湖に出たまま行方不明になった学生時代の親友高堂の家に「家守」として住み込むことになった駆け出しの物書き綿貫征四郎(=私)は、その家で亡き友、狐狸や小鬼、河童、植物の精など、つぎつぎと不…

市井の人々と言葉 岩阪恵子『淀川にちかい町から』

淀川にちかい町から (講談社文芸文庫)作者:岩阪 恵子講談社Amazonなにしろそのときぼくは『ドグラ・マグラ』を読んでたものだから、岩阪恵子(初めて耳にした作家、文庫の年譜を見て「清岡卓行の奥さんなんだ」とつぶやきはしたものの)を勧められてもあまり…