2016-01-01から1年間の記事一覧

「楢山節」というファンタジー 深沢七郎『楢山節考』

楢山節考 (新潮文庫)作者:七郎, 深沢新潮社Amazon もっと悲惨な話を想像していたというとヘンかもしれない。棄老伝説をもとに深沢七郎が書き上げたのは、食べ物が乏しい山間の寒村で、七十になった老人を山に捨てるという十分に悲惨な話だからだ。しかし、読…

物語と作者の逆説的な関係 いしいしんじ『雪屋のロッスさん』

雪屋のロッスさん (新潮文庫)作者:いしい しんじ新潮社Amazon タクシー運転手、調律師、図書館司書、床屋、警察官…。短編集『雪屋のロッスさん』は様々な職業の人物を主人公にした31の短編が収められている。といっても、大泥棒、雪屋、雨乞いなんて変わり種…

少年の世界 その2 ジュール・ヴェルヌ『十五少年漂流記』

十五少年漂流記 (新潮文庫)作者:ジュール・ヴェルヌ新潮社Amazon『海底二万里』『八十日間世界一周』などで知られ、H・G・ウェルズとともにSF小説の祖とも呼ばれるジュール・ヴェルヌの少年小説。十五人の少年だけが乗った帆船スルギ号が悪天候により難破し…

「千代なるもの」とは何か 梨木香歩『f植物園の巣穴』

f植物園の巣穴 (朝日文庫)作者:梨木 香歩朝日新聞出版Amazon ぼくは梨木香歩の熱心な読者ではない。『家守綺譚』も楽しんだ一方で、ときに可憐で、ときにいたずらっぽい異界の者たちを必死に守ろうとする家守の姿に現代に「怪異を書く」ことの困難を感じた。…

少年の世界 その1  エーリッヒ・ケストナー『エーミールと探偵たち』

エーミールと探偵たち (岩波少年文庫 18)作者:エーリヒ・ケストナー岩波書店Amazon 田舎の少年エーミールは、休暇にベルリンのおばさんのところに行くことになった。母親から140マルクという「大金」を手渡されたエーミールは、それを上着の内ポケットにしま…

運命という見えない力 トマス・ハーディ『呪われた腕 ハーディ傑作選』

呪われた腕: ハーディ傑作選 (新潮文庫)作者:ハーディ,トマス新潮社Amazon「ハーディを読んでいると小説が書きたくなる」という村上春樹の言葉が、ハーディの短編の魅力を端的に語っていると思う。新潮文庫の復刻・新訳シリーズ「村上柴田翻訳堂」の一冊で、…

探偵と語り手の意外な関係 坂木司『青空の卵』

青空の卵 (創元推理文庫)作者:坂木 司東京創元社Amazon「ひきこもり探偵」ってちょっと変わってるな、いわゆる安楽椅子探偵の進化形? 坂木司の『青空の卵』。図書館でふと目に留まり、何の予備知識もなく読み始めた。それなりにおもしろかったんだけど、予…

見ること見られること デビット・ゾペティ『いちげんさん』

いちげんさん (集英社文庫)作者:デビット・ゾペティ集英社Amazon デビット・ゾペティの『いちげんさん』は1996年に発表されたようだから、もう20年も前のことだ。この小説の存在は知っていた。だけど、読んでなかった。京都にあこがれて、ヨーロッパからやっ…

「なんだか疲れてしまったみたいだから…」 金井美恵子『恋愛太平記』

恋愛太平記 1 (集英社文庫)作者:金井 美恵子集英社Amazon 批評家というのはかわいそうな人たちで、何らかの参照枠がなければ、すぐに立ち往生してしまうと文庫解説で皮肉っぽい口調で書く斎藤美奈子は、『細雪』『台所太平記』『若草物語』に言及した『恋愛…

二人はなぜ灯台をめざしたか 吉田修一『悪人』

悪人(上) (朝日文庫)作者:吉田 修一朝日新聞出版Amazon『悪人』は朝日新聞に連載され、2007年の毎日出版文化賞、大佛次郎賞を受章。2010年には李相日監督、妻夫木聡、深津絵里主演で映画化された吉田修一の代表作の一つ(ちなみに今年9月には同じ原作・監督…

「解せぬ気分」とは何か 阿部和重『グランド・フィナーレ』

グランド・フィナーレ (講談社文庫)作者:阿部 和重講談社Amazon 阿部和重の「グランド・フィナーレ」は、どうもよくわからない小説だ。ざっと、あらすじを紹介しよう。ロリコンの中年男が自分のデジカメに保存していた7歳の娘のヌード写真を妻に見つかり、離…

「うそ」が支える日常 荻野アンナ『背負い水』

背負い水 (文春文庫)作者:荻野 アンナ文藝春秋Amazon 荻野アンナの短編集『背負い水』。ずいぶん前、古本屋で買って、すぐ読まずに置いてあった文庫本(そんな本がうちには山ほどある)。1991年に芥川賞を受賞した表題作のほか、収録された三篇は、どれもフ…

もし雪白姫が『草枕』を読んだら ドナルド・バーセルミ『雪白姫』

雪白姫 (白水Uブックス)作者:ドナルド バーセルミ白水社Amazon「西洋の本ですか、むずかしい事が書いてあるんでしょうね」 「なあに、ドナルド・バーセルミの『雪白姫』というんですがね、大したことは書かいちゃありません」 「じゃ、何が書いてあるんです…

ホールデンは生き残れないのか J・D・サリンジャー『キャッチャー・イン・ザ・ライ』

キャッチャー・イン・ザ・ライ (ペーパーバック・エディション)作者:J.D. サリンジャー白水社Amazon ぼくが最初にこの本を読んだのは、野崎孝訳『ライ麦畑でつかまえて』だったわけだが、それは学生時代のことだから、それこそ20年ぶりの再読ってことになる…

あの夏を抱えて カーソン・マッカラーズ『結婚式のメンバー』

結婚式のメンバー (新潮文庫)作者:マッカラーズ,カーソン新潮社Amazon「こんな変な小説、読んだことがない」というのが、最初の感想だ。カーソン・マッカラーズという作家の名さえろくに知らず、名著の新訳・復刊を目指す新潮文庫の新シリーズ「村上柴田翻訳…

ふたつの悲しみ トルーマン・カポーティ『ティファニーで朝食を』

ティファニーで朝食を (新潮文庫)作者:トルーマン カポーティ新潮社Amazon『ティファニーで朝食を』をと言えば、オードリー・ヘップバーン主演の映画を思い浮かべる人が多いにちがいない。龍口直太郎訳の新潮文庫の表紙は、ホリー・ゴライトリーに扮するヘッ…

漱石を書き継ぐ 水村美苗『続明暗』

続 明暗 (ちくま文庫)作者:水村 美苗筑摩書房Amazon 未完に終わった『明暗』の続きを読みたいと思った読者は多いにちがいない。津田とお延、そして清子の運命を想像した人、書いてみたいなと考えた人だっているだろう。しかし、それを実行に移すとなると、も…

漱石「唯一の」三人称小説 夏目漱石『明暗』

明暗 (新潮文庫)作者:漱石, 夏目新潮社Amazon 夏目漱石の『明暗』は、いろんな意味で特別な作品である。漱石の最も長い長編であり、作者の病没により、絶筆となった未完の作品でもある。そして、ぼくがこの小説を読んで、何より驚いたのは、『明暗』が堂々た…

子供と大人の共同作業 武田百合子『ことばの食卓』

ことばの食卓 (ちくま文庫)作者:武田 百合子筑摩書房Amazon「長火鉢にかけた土鍋の中を、おばあさんは見つめて待っている。牛乳に幕が張ってくる。チカチカと皺が走って来たとき、骨太い人さし指で皮をついてひき上げ、開けた口をもっていって、ずるっとしゃ…

辺境としてのダブリン ジョイス『ダブリン市民(ダブリナーズ)』

ダブリナーズ (新潮文庫)作者:ジェイムズ ジョイス新潮社Amazon 20世紀文学に決定的な影響を与えたジェイムズ・ジョイスの代表作と言えば、『ユリシーズ』。「意識の流れ」という手法のイメージが強いジョイスだが、短編集『ダブリン市民』は、読みやすいリ…

ふたりのレーヴィ プリーモ・レーヴィ『天使の蝶』

天使の蝶 (光文社古典新訳文庫)作者:プリーモ レーヴィ光文社Amazon プリーモ・レーヴィはどうやらふたりいるようだ。化学者のレーヴィと作家のレーヴィ。さらに作家としても『アウシュヴィッツは終わらない(原題:これが人間か)』『休戦』などナチスの強…

蝶と幻 ウラジーミル・ナボコフ『ナボコフの一ダース』

ナボコフの一ダース (ちくま文庫)作者:ウラジミール ナボコフ筑摩書房Amazon ナボコフと言えば、問題作『ロリータ』で知られる20世紀を代表する作家。その他の作品も最近は岩波文庫や光文社古典新訳文庫で簡単に手に入るが、「難解」なイメージがある。本書…

時間というオブセッション J・G・バラード『ザ・ベスト・オブ・バラード』

ザ・ベスト・オブ・バラード (ちくま文庫)作者:J.G. バラード筑摩書房Amazon『ザ・ベスト・オブ・バラード』は1960年代に人間の精神世界(インナー・スペース)をSF小説に取り入れ、ニューウェーブと呼ばれたJ・G・バラードの自選短編集(原著は17篇だが、日…

フェイクプレーン、弟、気がつけば朝 まんしゅうきつこ『アル中ワンダーランド』

アル中ワンダーランド作者:まんしゅうきつこ扶桑社Amazon「地球を大切に…」空を見上げれば、飛行機が語りかけてくる。きつこさんは思う。あれは飛行機に擬態したUFOだと。「おーい、UFOなのばれちゃってますよ」きつこさんは、早速弟に電話する。飛行機がし…

GOD登場 筒井康隆『モナドの領域』

モナドの領域作者:筒井 康隆新潮社Amazon『虚人たち』『夢の木坂分岐点』『朝のガスパール』『パプリカ』など、筒井康隆はこれまでずっと虚構と現実がせめぎ合い、虚構が現実を圧倒する瞬間を捉えようとしてきた。もちろん筒井康隆の仕事は幅広く、初期のブ…

人はなぜ遅れるのか 夏目漱石『それから』

それから (新潮文庫)作者:漱石, 夏目新潮社Amazon いきつけの飲み屋のおにいさんが「小説って10代の主人公が多いでしょ」と言ってきた。自分と同じ30代が主人公の小説を教えてほしいという。確かに30代の主人公というのは、少ないかもしれない。小説というの…

「人間」の終わり その2 グレッグ・ベア『ブラッド・ミュージック』

ブラッド・ミュージック (ハヤカワ文庫SF)作者:グレッグ・ベア,小川 隆早川書房Amazon サイバーパンク第2弾はグレッグ・ベアの『ブラッド・ミュージック』。前回紹介した『ニューロマンサー』は電脳世界を駆け抜けるSF的冒険活劇とでもいうスリルとサスペン…

「人間」の終わり その1 ウィリアム・ギブスン『ニューロマンサー』

ニューロマンサー (ハヤカワ文庫SF)早川書房Amazon ウィリアム・ギブスンの『ニューロマンサー』といえば、80年代SFの新潮流であるサイバーパンクの代名詞。今読むと、映画や小説などいかに多くのジャンルを超えた作品が、『ニューロマンサー』の影響下にあ…