英米文学

逃げ出す女 フォークナー『響きと怒り』

響きと怒り (講談社文芸文庫) 作者:ウィリアム・フォークナー 講談社 Amazon 『響きと怒り』は複数の長短編が同一の舞台や作中人物を共有する一群の小説群ヨクナパトーファ・サーガを構成する一篇。旧家没落の話だというので、年代記風のストーリーを想像し…

ジョー、メグの結婚にうろたえる オルコット『若草物語』

若草物語 (光文社古典新訳文庫) 作者:オルコット 光文社 Amazon オルコットの『若草物語』を読んでみようと思ったのは、映画『ストーリー・オブ・マイ・ライフ/わたしの若草物語』(2019)を見たから。その映画には四姉妹の姿がいきいきと描かれていた。喜…

記録する その2 ウィリアム・バロウズ『裸のランチ』

裸のランチ (河出文庫) 作者:ウィリアム・バロウズ 河出書房 Amazon 「序文」にあるように15年間に渡って麻薬中毒だったウィリアム・バロウズは「病とその譫妄状態について詳しい記録」を取っておいたというが、その文学的あるいは反文学的記述、それが『裸…

記録する その1 ケルアック『路上(オン・ザ・ロード)』

オン・ザ・ロード (河出文庫) 作者:ジャック・ケルアック Kawadeshobo Shinsha/Tsai Fong Books Amazon 最初に思ったのは、フィクションというより、記録文学だということだ。ビート・ジェネレーションの代表作『路上(オン・ザ・ロード)』にケルアック自身…

帝国と身体 J・M・クッチェー『夷狄を待ちながら』

夷狄を待ちながら (集英社文庫) 作者:J・M・クッツェー 集英社 Amazon 城壁に囲まれた辺境の町は帝国の首都から派遣されたジョル大佐により、その静寂が破られた。北方及び西方の夷狄(本書では遊牧民)に不穏な動きがあるといううわさが流れており、そうし…

人生を決定づける瞬間 アンダスン(シャーウッド・アンダーソン)『アンダスン短編集』

アンダスン短編集 (新潮文庫 ア 4-2) 作者:アンダスン メディア: 文庫 代表作『ワインズバーグ・オハイオ』で知られるシャーウッド・アンダーソン(アンダスン)の10短篇を収録した新潮文庫の短編集。作家的想像力という言い方をすることがあるが、その方向…

読書という快楽の果て アンソニー・ホロヴィッツ『カササギ殺人事件』

カササギ殺人事件〈上〉 (創元推理文庫) 作者:アンソニー・ホロヴィッツ 発売日: 2018/09/28 メディア: 文庫 ※以下、犯人は明かしませんが、『カササギ殺人事件』の小説構成上、未読の方は知らないほうがいい内容を含みます。ご注意ください。 夢中で読んだ…

高らかで繊細な文学宣言 ウラジーミル・ナボコフ『賜物』

賜物〈上〉 (福武文庫) 作者:ウラジーミル ナボコフ 出版社/メーカー: 福武書店 発売日: 1992/02 メディア: 文庫 革命により祖国ロシアを追われ、ベルリンで暮らす文学青年フョードルが作家として独り立ちするまでを描く自伝的長編小説。ナボコフの「はしが…

「コミックな小説」の凄み フラナリー・オコナー『賢い血』

賢い血 (ちくま文庫) 作者: フラナリーオコナー,Flannery O'connor,須山静夫 出版社/メーカー: 筑摩書房 発売日: 1999/05 メディア: 文庫 購入: 4人 クリック: 12回 この商品を含むブログ (28件) を見る 「私はキリスト教の正統的信仰の立場から物を見る。私…

分裂する女 ホーソーン『緋文字』

緋文字 (新潮文庫) 作者: ホーソーン,鈴木重吉 出版社/メーカー: 新潮社 発売日: 1957/10/17 メディア: 文庫 購入: 1人 クリック: 9回 この商品を含むブログ (10件) を見る (ネタバレ) 暗雲が垂れこめたような重苦しい物語だった。しかし、雲のすきまから…

記憶喪失の共同体 リチャード・ブローディガン『西瓜糖の日々』

西瓜糖の日々 (河出文庫) 作者: リチャードブローティガン,Richard Brautigan,藤本和子 出版社/メーカー: 河出書房新社 発売日: 2003/07/01 メディア: 文庫 購入: 5人 クリック: 41回 この商品を含むブログ (137件) を見る (ネタバレ) リチャード・ブロー…

めまい、あるいは落下としての人生 ポール・オースター『ミスター・ヴァーティゴ』

ミスター・ヴァーティゴ (新潮文庫) 作者: ポールオースター,Paul Auster,柴田元幸 出版社/メーカー: 新潮社 発売日: 2006/12/22 メディア: 文庫 購入: 3人 クリック: 15回 この商品を含むブログ (60件) を見る (ネタバレ) 「私と一緒に来たら、空を飛べる…

バイオレンス・アクションとしての『ロビンソン・クルーソー』 デフォー『ロビンソン漂流記(ロビンソン・クルーソー)』

ロビンソン漂流記 (新潮文庫) 作者: デフォー,吉田健一 出版社/メーカー: 新潮社 発売日: 1951/06/04 メディア: 文庫 クリック: 14回 この商品を含むブログ (11件) を見る 誰でもタイトルやあらすじを何となく知っているけど、ちゃんと読んだことがないとい…

忘れるな メアリー・シェリー『フランケンシュタイン』

フランケンシュタイン (光文社古典新訳文庫) 作者: メアリーシェリー,Mary Shelley,小林章夫 出版社/メーカー: 光文社 発売日: 2010/10/13 メディア: 文庫 クリック: 14回 この商品を含むブログ (31件) を見る いくつかの偶然が重なって、ぼくがこの本を手に…

詩情とはかなさ レイ・ブラッドベリ『メランコリイの妙薬』

メランコリイの妙薬 (異色作家短篇集) 作者: レイブラッドベリ,Ray Bradbury,吉田誠一 出版社/メーカー: 早川書房 発売日: 2006/10/01 メディア: 単行本 購入: 1人 クリック: 32回 この商品を含むブログ (23件) を見る ある作家について、長編がいいか、短編…

大人になること、年をとること レイ・ブラッドベリ『何かが道をやってくる』

何かが道をやってくる (創元SF文庫) 作者: レイ・ブラッドベリ,大久保康雄 出版社/メーカー: 東京創元社 発売日: 1964/09/30 メディア: 文庫 購入: 2人 クリック: 98回 この商品を含むブログ (56件) を見る 「クガー・アンド・ダーク魔術団 開演迫る!」 ジ…

禁じられたのは何か レイ・ブラッドベリ『華氏451度』

華氏451度 (ハヤカワ文庫SF) 作者: レイ・ブラッドベリ,宇野利泰 出版社/メーカー: 早川書房 発売日: 2012/08/01 メディア: Kindle版 クリック: 1回 この商品を含むブログ (13件) を見る 『火星年代記』と並ぶレイ・ブラッドベリの代表作『華氏451度』は、本…

廃墟に吹く風 レイ・ブラッドベリ『火星年代記』

火星年代記 (ハヤカワ文庫 NV 114) 作者: レイ・ブラッドベリ,小笠原豊樹 出版社/メーカー: 早川書房 発売日: 1976/03/14 メディア: 文庫 購入: 13人 クリック: 329回 この商品を含むブログ (151件) を見る レイ・ブラッドベリの『火星年代記』を読んだ友人…

過去のかたち レイモンド・チャンドラー『さよなら、愛しい人(さらば愛しき女よ)』

さよなら、愛しい人 (ハヤカワ・ミステリ文庫) 作者: レイモンドチャンドラー,Raymond Chandler,村上春樹 出版社/メーカー: 早川書房 発売日: 2011/06/05 メディア: 文庫 購入: 1人 クリック: 8回 この商品を含むブログ (37件) を見る (ネタバレ)ムース(…

墓碑銘の試み ローレンス・ダレル『黒い本』

黒い本 (1961年) 作者: ローレンス・ダレル,河野一郎 出版社/メーカー: 中央公論社 発売日: 1961 メディア: ? この商品を含むブログを見る ローレンス・ダレルの名前を知ったのは、倉橋由美子がエッセイの中で『アレキサンドリア四重奏』について書いていた…

理屈を超えたもの フォークナー『フォークナー短編集』

フォークナー短編集 (新潮文庫) 作者: フォークナー,龍口直太郎 出版社/メーカー: 新潮社 発売日: 1955/12/19 メディア: 文庫 購入: 3人 クリック: 18回 この商品を含むブログ (17件) を見る イ・チャンドンの映画『バーニング 劇場版』は作家をめざす苦学生…

スタインベックの「奇妙な味」 スタインベック『スタインベック短編集』

スタインベック短編集 (新潮文庫) 作者: スタインベック,大久保康雄 出版社/メーカー: 新潮社 発売日: 1954/08/25 メディア: 文庫 購入: 1人 クリック: 22回 この商品を含むブログ (9件) を見る スタインベックといえば、『二十日鼠と人間』とか『怒りの葡萄…

旅路の果て ポール・ボウルズ『シェルタリング・スカイ』

シェルタリング・スカイ (新潮文庫)作者:ポール ボウルズ新潮社Amazon『シェルタリング・スカイ』はベルトルッチ監督によって映画化されたことでも知られるポール・ボウルズの長編第一作。文庫解説の四方田犬彦によると、20代をパリ、モロッコ、ラテンアメリ…

神父と泥棒 G・K・チェスタトン『ブラウン神父の無心』

ブラウン神父の無心 (ちくま文庫)作者:G.K. チェスタトン筑摩書房Amazon たまに推理小説が読みたくなる。今回手に取ったのは、ブラウン神父。黒いシャベル帽にこうもり傘と茶色の紙包みを抱えた小男。時代的にはシャーロック・ホームズよりちょっと後輩にあ…

他人と暮らすのは楽じゃない ニック・ホーンビィ『いい人になる方法』

いい人になる方法 (新潮文庫)作者:ニック ホーンビィ新潮社Amazon ケイティ。結婚24年目、職業医師、子ども2人、地元紙に「ホロウェイで最も怒れる男」と題するコラムを書くほかは仕事らしい仕事をしていない夫は口を開けば皮肉ばかり。彼女は実はあまりよく…

本当の戦争を語るには ティム・オブライエン『本当の戦争の話をしよう』

本当の戦争の話をしよう (文春文庫)作者:ティム・オブライエン文藝春秋Amazon 短編集『本当の戦争の話をしよう』には、22の短編が収められており、そのすべてがティム・オブライエン自身の従軍体験をもとにしたベトナム戦争の話だ。彼は歩兵としてベトナム戦…

国家の感触 ポール・オースター『リヴァイアサン』

リヴァイアサン (新潮文庫)作者:ポール オースター新潮社Amazon 一人の男がウィスコンシン州北部の道端で自作中だった爆弾の暴発により爆死した。その6日後、作家ピーター・エアロン(語り手「私」)のもとにFBIの捜査官が訪れたことで、彼は爆弾でバラバラ…

短編の名手が仕掛ける毒 ロアルド・ダール『あなたに似た人』

あなたに似た人〔新訳版〕 I 〔ハヤカワ・ミステリ文庫〕作者:ロアルド・ダール早川書房Amazon「短編の名手」と言えば、チェーホフを別格として、O・ヘンリーとか、モーパッサン、ヘミングウェイ、サキ、カポーティ、レイモンド・カーヴァー、ボルヘス…など…

遍歴の果てにみる社会 イーヴリン・ウォー『ポール・ペニフェザーの冒険(大転落)』

大転落 (岩波文庫)作者:イーヴリン・ウォー岩波書店Amazon オックスフォード大学で神学を学ぶポール・ペニフェザーは、酔っぱらったOBたちのバカ騒ぎに巻き込まれ、「品行不良」で退学処分になる。ペニフェザーには何の落ち度もないのに、さっさと追い出され…

「生真面目な」ヴォネガット カート・ヴォネガット『プレイヤー・ピアノ』

プレイヤー・ピアノ (ハヤカワ文庫SF)作者:カート・ヴォネガット・ジュニア早川書房Amazon カート・ヴォネガットと言えば、『タイタンの妖女』『猫のゆりがご』『スローターハウス5』『母なる夜』など、奔放な想像力、空間や時間を自在に行き来する構成、世…