短編の名手が仕掛ける毒 ロアルド・ダール『あなたに似た人』

「短編の名手」と言えば、チェーホフを別格として、O・ヘンリーとか、モーパッサンヘミングウェイ、サキ、カポーティレイモンド・カーヴァーボルヘス…など、挙げていけばきりがないけど、映画『チャーリーとチョコレート工場の秘密』の原作者としても知られているロアルド・ダールの名前はこのリストに欠かせない。
『あなたに似た人』にはミステリやSF風の短編から意外な結末の短編、江戸川乱歩のいわゆる「奇妙な味」まで、多彩な15篇が収められている。
「味」「南から来た男」「海の中へ」「クロウドの犬」などは、賭け事にのめり込んで魂を奪われた人々の狂気がスリリングに描かれていて、とっても怖い。「味」は成金の男が美食家を気取る男にワインの産地当てゲームを持ちかける。産地が言い当てられないことに相当の自信があった金持ちの男は、美食家が「賭けに勝ったらあなたの娘をほしい」というのを何とOKしてしまう。美食家はあたかも探偵が推理を重ねて次第に犯人像を絞っていくようにワインの産地にじりじりと迫っていくのだが…。一見上品なブルジョワ家庭という設定、話芸にも似た美食家の語りと意外な結末。短編のたのしみがギュッとつまった一編。
 一方で、「韋駄天のフォクスリイ」「クロウドの犬」などは上質なエンタメというには、毒が多め。「韋駄天のフォクスリイ」は弁護士として地位を築いた中年の紳士が通勤途中に、学生時代の上級生だった粗暴な男と偶然同じ列車に乗り合わせる話。中年の男が三十年以上にわたって築き上げてきた「ここちよい規則正しさ」は、上級生だった男の出現によっていとも簡単に崩れ去る。そのもとになっているのは、皮肉にも弁護士である中年男がかつて受けたいじめに対する恐怖の記憶である。確固たる社会的地位のあるように見える人間が、日々いじめの記憶を抱えて生きていて、それがふとしたきっかけで飛び出してくるというわけだ。
 隠れた暴力の記憶が突然飛び出してくる場合もあれば、ドッグレースを描いた「クロウドの犬」のように、むき出しの暴力がブラックな笑いとともに描かれる場合もある。ここまでくると、もう笑いは戦慄やグロさと表裏一体である。でも、笑える。はじめにねずみが、次に人が、そしてドッグレースの犬たちが虫けらのように押しつぶされるところは、もちろんむごいことだけど、それでもプッと吹き出さずにはいられない。
「なにか面白いものを見たいかよ?」とネズミ駆除業者のポケットから生きている大きなねずみが取り出される。その次にシロイタチ。「シロイタチの鼻面のまわりには、血のあとが幾筋もついていた」ん? 何だこれ。「上質なエンタメ」とかいう安心できるところにいたはずなのに、いつの間にかとんでもないところに来ていることに気づくが、もう遅い。そのときには、ロアルド・ダール一流の黒い毒がゆっくりと体内を回っているのである。
(読んだのは田村隆一訳)