2018-01-01から1年間の記事一覧

二重写しとコスプレ 牧野信一『ゼーロン・淡雪 他十一篇』/『バラルダ物語』

ゼーロン・淡雪 他十一篇 (岩波文庫) 作者: 牧野信一 出版社/メーカー: 岩波書店 発売日: 1990/11/16 メディア: 文庫 クリック: 8回 この商品を含むブログ (18件) を見る バラルダ物語 (福武文庫) 作者: 牧野信一 出版社/メーカー: 福武書店 発売日: 1990/10…

「語り」の奥深さ 幸田露伴『幻談・観画談 他三篇』

幻談・観画談 他三篇 (岩波文庫)作者:幸田 露伴岩波書店Amazon 幸田露伴と言えば、初期の傑作に『五重塔』がある。大工として優れた技量がありながら、世知に疎く「のっそり」と呼ばれ、下請け仕事に甘んじていた十兵衛が五重塔建立という一世一代の大仕事を…

旅路の果て ポール・ボウルズ『シェルタリング・スカイ』

シェルタリング・スカイ (新潮文庫)作者:ポール ボウルズ新潮社Amazon『シェルタリング・スカイ』はベルトルッチ監督によって映画化されたことでも知られるポール・ボウルズの長編第一作。文庫解説の四方田犬彦によると、20代をパリ、モロッコ、ラテンアメリ…

神父と泥棒 G・K・チェスタトン『ブラウン神父の無心』

ブラウン神父の無心 (ちくま文庫)作者:G.K. チェスタトン筑摩書房Amazon たまに推理小説が読みたくなる。今回手に取ったのは、ブラウン神父。黒いシャベル帽にこうもり傘と茶色の紙包みを抱えた小男。時代的にはシャーロック・ホームズよりちょっと後輩にあ…

相対化を越えて 村田沙耶香『殺人出産』

殺人出産 (講談社文庫)作者:村田 沙耶香講談社Amazon かつて殺人は悪だった。しかし、人口の極端な減少に歯止めをかけるべく、新たなシステムが採用された。それが「殺人出産」だ。「産み人」は10人産んだら一人殺してもいい。つまり、強い殺意が新しい命へ…

やっぱり穴だらけ 小山田浩子『穴』

穴 (新潮文庫)作者:浩子, 小山田新潮社Amazon 予備知識なしで読み始めたのがよかったのだと思う。テンポのいい文体に気持ちよく引き込まれながら、気がついたらまさに穴、作者の思うつぼ、いや、思う穴にはまり込んでいたのだった。おもしろがればいいのか、…

目覚める少女 山尾悠子『ラピスラズリ』

ラピスラズリ (ちくま文庫)作者:山尾 悠子筑摩書房Amazon 日常を忘れたいときは外国文学を読む。ちょっと遠くへ出かけるような気がするからだ。そんなニーズを満たしてくれる日本の小説はあまりないなと思っていたけど、山尾悠子の連作長編『ラピスラズリ』…

とどまることのない流れに印をつける 木皿泉『さざなみのよる』

さざなみのよる作者:泉, 木皿河出書房新社Amazon「死ぬって言われてもなぁ」と死期の迫ったナスミは思う。43歳。癌にむしばまれた体はもう言うことをきかない。目が覚めると、生きていることにほっとしたり、体の辛さから解放されたくて、なんだまだ死んでな…

ところできみたち、二人なの、一人なの? 柴崎友香『寝ても覚めても』

寝ても覚めても (河出文庫)作者:柴崎 友香河出書房新社Amazon 朝子は大阪のとある高層ビルの展望フロアで、麦(ばく)という男の子に出会い、一目惚れ。やがてつきあいはじめた。麦は気のおもむくままに行動する人で、どこへ行くともなくふらっと出かけて数…

奔放な想像力の冒険 イタロ・カルヴィーノ『不在の騎士』

不在の騎士 (河出文庫)作者:イタロ・カルヴィーノ河出書房新社Amazon『不在の騎士』は『木のぼり男爵』『まっぷたつの子爵』に続くイタロ・カルヴィーノの『我々の祖先』三部作の最終章。エスカルゴを食べるのを拒否して木の上で生活するとか、真っ二つの半…

他人と暮らすのは楽じゃない ニック・ホーンビィ『いい人になる方法』

いい人になる方法 (新潮文庫)作者:ニック ホーンビィ新潮社Amazon ケイティ。結婚24年目、職業医師、子ども2人、地元紙に「ホロウェイで最も怒れる男」と題するコラムを書くほかは仕事らしい仕事をしていない夫は口を開けば皮肉ばかり。彼女は実はあまりよく…

本当の戦争を語るには ティム・オブライエン『本当の戦争の話をしよう』

本当の戦争の話をしよう (文春文庫)作者:ティム・オブライエン文藝春秋Amazon 短編集『本当の戦争の話をしよう』には、22の短編が収められており、そのすべてがティム・オブライエン自身の従軍体験をもとにしたベトナム戦争の話だ。彼は歩兵としてベトナム戦…

国家の感触 ポール・オースター『リヴァイアサン』

リヴァイアサン (新潮文庫)作者:ポール オースター新潮社Amazon 一人の男がウィスコンシン州北部の道端で自作中だった爆弾の暴発により爆死した。その6日後、作家ピーター・エアロン(語り手「私」)のもとにFBIの捜査官が訪れたことで、彼は爆弾でバラバラ…

監獄の千夜一夜物語 マヌエル・プイグ『蜘蛛女のキス』

蜘蛛女のキス (集英社文庫)作者:マヌエル・プイグ集英社Amazon「眠れないんだ。なあ、映画の話してくれよ。黒豹女みたいなやつ、他に覚えてないかな」 「ああいう怪奇映画ならたくさんあるわよ。『ドラキュラ』『狼男』…」 「他には?」 「『甦るゾンビ女』…

短編の名手が仕掛ける毒 ロアルド・ダール『あなたに似た人』

あなたに似た人〔新訳版〕 I 〔ハヤカワ・ミステリ文庫〕作者:ロアルド・ダール早川書房Amazon「短編の名手」と言えば、チェーホフを別格として、O・ヘンリーとか、モーパッサン、ヘミングウェイ、サキ、カポーティ、レイモンド・カーヴァー、ボルヘス…など…

遍歴の果てにみる社会 イーヴリン・ウォー『ポール・ペニフェザーの冒険(大転落)』

大転落 (岩波文庫)作者:イーヴリン・ウォー岩波書店Amazon オックスフォード大学で神学を学ぶポール・ペニフェザーは、酔っぱらったOBたちのバカ騒ぎに巻き込まれ、「品行不良」で退学処分になる。ペニフェザーには何の落ち度もないのに、さっさと追い出され…

「生真面目な」ヴォネガット カート・ヴォネガット『プレイヤー・ピアノ』

プレイヤー・ピアノ (ハヤカワ文庫SF)作者:カート・ヴォネガット・ジュニア早川書房Amazon カート・ヴォネガットと言えば、『タイタンの妖女』『猫のゆりがご』『スローターハウス5』『母なる夜』など、奔放な想像力、空間や時間を自在に行き来する構成、世…

瞬間をとらえる ヴァージニア・ウルフ『壁のしみ 短編集』

壁のしみ―短編集 (ヴァージニア・ウルフ・コレクション)作者:ヴァージニア ウルフみすず書房Amazon ヴァージニア・ウルフの代表作『燈台へ』や『ダロウェイ夫人』は、ごく平凡な日常を思わせることばで始まる。「ええ、もちろんよ、あしたお天気さえよければ…

私(たち)の記憶 磯﨑憲一郎『往古来今』

往古来今 (文春文庫 い 94-1)作者:磯﨑 憲一郎文藝春秋Amazon こんな遠くまで行くのかという驚きとともに磯﨑憲一郎の『往古来今』を読み終えた。「私」の記憶が、「私たち」の記憶になり、世界へと移り変わっていく。 『古今往来』ではなく、『往古来今』。…

時間と距離の遠近法 G・ガルシア=マルケス『十二の遍歴の物語』

十二の遍歴の物語 (新潮・現代世界の文学)作者:G.ガルシア マルケス新潮社Amazon ガルシア=マルケスと言えば、『百年の孤独』。コロンビアの架空の村コマンドを舞台にブエンディア一族の100年にわたる盛衰描いた長編小説は、圧倒的な密度、スピード、展開で…

「美しい人」の両義性 ドストエフスキー『白痴』

白痴(上) (新潮文庫)作者:ドストエフスキー新潮社Amazon ドストエフスキーを久しぶりに読んだ。ドストエフスキーの小説は熱量が高い。作中人物がみな濃い。その過剰さが魅力。ドストエフスキー自身が「無条件に美しい人間」を描こうとしたという『白痴』は違…

言葉と顔 西加奈子『ふくわらい』

ふくわらい (朝日文庫)作者:西 加奈子朝日新聞出版Amazon 西加奈子の『ふくわらい』を読んでいたときだ。ん? と思って目元に手をやると涙が出ている。鼻水も出てるみたいだ。何かなと思った次の瞬間、感情がどっと追いかけてきた。ただ、その感情をどう名付…

意外な奥行 マラマッド『マラマッド短編集』

魔法の樽 他十二篇 (岩波文庫)作者:マラマッド岩波書店Amazon 新潮文庫の『マラマッド短編集』(加島祥造訳)はマラマッドの最初の短編集である『魔法の樽』の全訳。あまり期待せずに読み始めて、「あれっ」てなって、気がついたら「読んでよかった」になっ…

引き裂かれた世界 イタロ・カルヴィーノ『まっぷたつの子爵』

まっぷたつの子爵 (岩波文庫)作者:カルヴィーノ岩波書店Amazon(ネタバレ)カルヴィーノの代表作は? と聞かれると、答えに窮する人も、好きな作品は? と言われると、寓話的でファンタジー色の濃い「我々の祖先三部作」シリーズ、中でも、エスカルゴを食べ…

ルツィエの沈黙 ミラン・クンデラ『冗談』

冗談 (岩波文庫)作者:ミラン・クンデラ岩波書店Amazon みすず書房版の『冗談』には、丁寧にも「著者まえがき」「著者あとがき」が付いていて、クンデラ自身がこの小説をどう読んでほしいか解説を書いている(「肉体と精神の乖離をめぐる悲しいラブストーリー…

巨大な幽霊 梨木香歩『冬虫夏草』

冬虫夏草 (新潮文庫)作者:香歩, 梨木新潮社Amazon 本書『冬虫夏草』は駆け出しの物書きである主人公綿貫征四郎が狐狸、河童、植物の精などさまざまな異界のものたちと出会う『家守綺譚』の続編。『家守綺譚』を読んでいるとき考えていたのは、現代の作家がど…