神父と泥棒 G・K・チェスタトン『ブラウン神父の無心』

 たまに推理小説が読みたくなる。今回手に取ったのは、ブラウン神父。黒いシャベル帽にこうもり傘と茶色の紙包みを抱えた小男。時代的にはシャーロック・ホームズよりちょっと後輩にあたる。探偵の個性としては、ホームズのような派手さはないが、文庫の解説者(高沢浩)が江戸川乱歩の「チェスタトンのトリック創案率は探偵小説随一」という言葉を引いているように、一作一作全くことなる趣向を見せてくれるのに驚かされる。
 パリ警視総監の高い塀に囲まれた私邸の庭で首を切り落とされた死体が発見される「秘密の庭」、うす暗いホテルの一室で廊下の足音を聞いていただけで犯罪を見破る「奇妙な足音」、欧州をまたにかけた大泥棒ブランボーを捕まえるのみならず、改心させ、後に神父の相棒役となるきっかけを作った「飛ぶ星」、事件の舞台も様々で、川の中にある小島や荒涼としたスコットランドの古城、当時ロンドンに出来始めたばかりの高層ビルなどが登場する。
 圧巻は「折れた剣の招牌」。なんと歴史的英雄である軍人の史実から感じた矛盾を手がかりに過去の悪魔的所業を暴いてしまう。
 少しの手がかりから事件の全貌を解き明かす観察力と犯人の心の動きを見通す洞察力を持つブラウン神父は、たまに自分の職業を思い出すらしく、犯人を改心させるような言葉をかけたりもするが、基本は理性につく。
 たとえば、どんな病気でも治せるという新興宗教について神父は言う。
「魂のただ一つの病を治せるのかね?」
「魂のただ一つの病気って、何です?」フランボーが聞き返す。
「自分がまったく健康だと考えることさ」(「アポロンの目」)
 チェスタトンの『ブラウン神父』はこうした警句や逆説があちこちに出てくる。結局のところ、人間は神ではないというごく平凡な認識の上に、彼の推理は成り立っているのである。人間の心には善もあれば、悪もある。それらはバランスよく配合され、精神の健康を保つ。おもしろいのは、ホームズが卓抜な推理力と奇行を一人で担い、凡庸さをワトソンが引き受けていたのとは違い、『ブラウン神父』の場合は、風采の上がらない小男ブラウン神父と元泥棒の大男フランボーがコンビを組んでいることだ。さすがに神父に悪徳のイメージを持たせるわけにはいかなかったのだろう。ただし、ここでも肝要なのはバランスのようだ。
 なお、原題は「THE INNOCENCE OF FATHER BROWN」。イノセンスを「童心」「無知」などとしているものもあるそうだが、「無心」は名訳だと思う。ブラウン神父シリーズは「知恵」「不信」「秘密」「醜聞」と続く。いずれまたお目にかかりたい。