2021-01-01から1年間の記事一覧

死者の自律性 いとうせいこう『想像ラジオ』

想像ラジオ (河出文庫) 作者:いとうせいこう 河出書房新社 Amazon 2011年3月11日に起こった東日本大震災は東北を中心に未曽有の被害をもたらした。今考えるとあの地震を境に日本は大きく変わった。直接災害に見舞われなかった日本人もひどく精神的ダメージを…

ゆがんだ遠近法 多和田葉子『献灯使』

献灯使 (講談社文庫) 作者:多和田 葉子 講談社 Amazon 未曽有の災厄後の世界を描いた小説は数多い。災厄後の激変した日本を描く多和田葉子の『献灯使』も広い意味ではディストピアものなのだが、SF小説的な終末観とは異なる印象を受けた。 百歳を超えてかく…

帝国と身体 J・M・クッチェー『夷狄を待ちながら』

夷狄を待ちながら (集英社文庫) 作者:J・M・クッツェー 集英社 Amazon 城壁に囲まれた辺境の町は帝国の首都から派遣されたジョル大佐により、その静寂が破られた。北方及び西方の夷狄(本書では遊牧民)に不穏な動きがあるといううわさが流れており、そうし…

「ルール」と「練習」の効用 アゴタ・クリストフ『悪童日記』

悪童日記 (ハヤカワepi文庫) 作者:アゴタ クリストフ 早川書房 Amazon 体験をどのように語るか。それは現実に対する自分の立ち位置を決めることにほかならない。アゴタ・クリストフの『悪童日記』はこの点について、戦略的でありながら、同時に誠実でもある…

才人春夫のモチベーション 佐藤春夫『美しき町・西班牙犬の家 他六篇』

美しき町・西班牙犬の家 他六篇 (岩波文庫) 作者:佐藤 春夫 発売日: 1992/08/18 メディア: 文庫 本書『美しき町・西班牙犬の犬 他六篇』には表題作など、実に多彩な短編が全部で八篇収録されている。編者はドイツ文学者でエッセイストの池内紀。若くして遺産…

苦悩と悲しみのかたち 藤枝静男『悲しいだけ・欣求浄土』

悲しいだけ 欣求浄土 (講談社文芸文庫) 作者:藤枝静男 発売日: 2013/11/29 メディア: Kindle版 藤枝静男の短編「一家団欒」を最初に読んだのは集英社文庫の筒井康隆選『実験小説名作選』というアンソロジーで、死んだ主人公の章が市営バスで郊外の墓地に出か…

分裂する横光利一 横光利一『機械・春は馬車に乗って』

機械・春は馬車に乗って (新潮文庫) 作者:利一, 横光 発売日: 1969/08/22 メディア: 文庫 2020年は仕事に追われてなかなか読書が進まない1年だったが、横光利一を読んだことが2020年の読書の大きな収穫だった。本棚に積読として眠っていた『機械・春は馬車に…