二重写しとコスプレ 牧野信一『ゼーロン・淡雪 他十一篇』/『バラルダ物語』

 

ゼーロン・淡雪 他十一篇 (岩波文庫)

ゼーロン・淡雪 他十一篇 (岩波文庫)

 
バラルダ物語 (福武文庫)

バラルダ物語 (福武文庫)

 

ギリシャ牧野」「荒武者マキノ」牧野信一は39歳という短い生涯の中でも特別な執筆時期があったようだ。大正期のデビューから数年、重苦しい私小説を書いていた牧野の作風は昭和に入って大きく変化する。ギリシア神話が愛読書だったという牧野の小説世界は、故郷小田原の農村を舞台にしながらも、異国情緒あふれるイメージが展開するようになる。

 ぼくが最初に牧野信一の名を知ったのは、三島由紀夫が内田百閒、稲垣足穂とともに牧野信一を論じた文章でだった。それは三島が編集にも携わった中央公論社の『日本の文学』(第34)の解説なのだが、今回、牧野信一を読んでみて、三島由紀夫が百閒、足穂と同じ巻に牧野を収めたのか、その後、なぜ牧野信一だけが「不遇であり続けてきた」(堀切直人)のかがわかったような気がする。

 誤解を恐れずに言うなら、牧野信一は百閒、足穂に比べて「中途半端」なのである。

百閒の『冥途』『旅順入城式』のように薄明の中に浮かぶ夢の世界に没入することもなく、足穂の『一千一秒物語』のように徹頭徹尾、月や星といった天上世界に遊ぶこともない。

ギリシャ牧野」の呼び名にふさわしい中期の代表作「吊籠と月光と」「西部劇通信」「ゼーロン」「バラルダ物語」などの幻想的な短篇は、舞台を故郷小田原の農村に設定して、そこにギリシアや中世ヨーロッパのイメージを重ね合わせる、いわば「二重写し」になっており、読者は異国のイメージの裏に、日本の貧しく封建的な農村の息苦しさを感じずにはいられない。これは逆に言うと、牧野信一が異国の風物をもって振り払おうとしたものが、旧弊なコミュニティのありようだったということでもある。

 「中途半端」と書いたのは、この「二重写し」のことだが、どちらとも決められない、あるいはどちらにも見えるという、このありようこそが、牧野信一ならではの魅力であり、同時に「弱さ」でもある。巧まざるユーモアの中に悲しみがあり、透かし見える苦しみは異国の風に吹きはらわれる。

「バラルダ物語」では勇壮な荒武者姿、「西部劇通信」では「アメリカ・インデアン」の颯爽たる民族衣装など、語り手「私」は様々な出で立ちで登場するが、これはもう完全に「コスプレ」である。故郷小田原が異国の風物に重ね合わされるように、「私」もまた素の姿では舞台に上がることができない。ここにも牧野の中期作品群の特徴を見ることができる。「コスプレ」は牧野の鎧、それを身にまとったときだけ、彼は村人の前に姿を現し、ドン・キホーテ的な奮闘が可能になるのである。

 しかし、この奇跡のようなバランスがずっと保たれることは難しい。再び作風は暗転する。亡くなる二年前に書かれた「鬼の門」ではまさに鎧兜を身にまとって登場する「私」は、冬になると吹き荒れるという風巻き(しまき)という突風に飛ばされそうになる。小田原の村に吹いた異国の風は、もはや「私」を根底から脅かすものになり替わっている。牧野信一の魅力である「二重写し」と「コスプレ」が作者の「弱さ」から来たものなら、中期の幻想的作品のありようの中に、晩年の牧野を覆う暗い影はすでに予告されていたのかもしれない。それでも異国の風が吹くその一瞬のために、牧野信一を読むよろこびがある。