スタインベックの「奇妙な味」 スタインベック『スタインベック短編集』

 

スタインベック短編集 (新潮文庫)

スタインベック短編集 (新潮文庫)

 

  スタインベックといえば、『二十日鼠と人間』とか『怒りの葡萄』(どちらも未読)など、荒々しい自然の中で押しつぶされそうになりながらも、決してあきらめることのない不屈の人間像といったものを連想する。素朴な人間賛歌的なイメージがあって、それだけでずっと読まずにいたのだけど、今回『スタインベック短編集』を読んでみて、そのイメージはあくまで一面にすぎないことがわかった。

スタインベック短編集』に収録されている13の短篇の主な舞台は著者の故郷カリフォルニア州サリナス渓谷だが、農村だけでなく都市部も出てくるし、主人公の性別、職業、年齢などもばらばらだ。それでもスタインベックが描こうとしているものに通底するものがないわけでもない。そこに描かれるのは都会的洗練とはかけ離れた市井の人々の生きざまだ。スタインベックが見つめているのは、素朴で平凡な人々の心に去来する言葉にならない思いだといってもいい。

 見やすいもので言えば、美しい菊を咲かせることに誇りを見出している農家の女を描く「菊」、亡き妻の影に束縛され続ける農夫のを悲哀を描く「肩当て」。これらの作品は主人公の心理的変化はたどりやすい例だろう。

 しかし、「白いウズラ」のように自作の庭に異様に執着し、庭にやって来る白いうずらを自分と同一視する女となるとどうか。リアリズム小説だと思って読んでいると、いつの間にか女の白日夢の中にいるような気にさせられる。あるいは、「『熊』のジョニー」もなんとも言えない奇妙な読後感を持つ。声帯模写に人並外れた才能を持つ知的障害の男が、村人たちの秘密を暴くというおもしろい設定の話。これはもう「奇妙な味」の短篇。

 そもそも『スタインベック短編集』を読むきっかけになったのは、ロアルド・ダールの『あなたに似た人』(ハヤカワ文庫)の解説で、訳者の田村隆一都筑道夫の選ぶ「奇妙な味」の短篇ベスト5を紹介していて、その中にスタインベックの「蛇」が入っていたことだ。実験用動物を飼育している若い研究者のもとに、蛇を売ってほしいと訪れる表情のない女。

「蛇」のすごさは、もっともらしい意味づけを拒んで、どこまでも短篇それ自体でしかない、それでいて、いろいろな解釈を誘ってくる魅力があるところだろう。これだけ読んだら、きっとスタインベックロアルド・ダールやジョン・コリアのようなひねりのきいた短篇を書く作家なのかと思ってしまうかも。

 しかし、『スタインベック短編集』を通して読むことで、スタインベックの描こうとした飾らない人間たちの、ときにむき出しになってしまう心理だとすれば、そういう過程で「蛇」が出てきたという事実に、スタインベックの透徹した目を感じる。

<収録作>

「菊」

「白いウズラ」

「逃走」

「蛇」

「朝めし」

「襲撃」

「肩当て」

「自警団員」

「『熊』のジョニー」

「殺人」

「聖処女ケティ」

「敗北」

「怠惰」