「人間」の終わり その1 ウィリアム・ギブスン『ニューロマンサー』

 ウィリアム・ギブスンの『ニューロマンサー』といえば、80年代SFの新潮流であるサイバーパンクの代名詞。今読むと、映画や小説などいかに多くのジャンルを超えた作品が、『ニューロマンサー』の影響下にあることがよくわかる。テクノロジーが高度に発達した一方で、退廃した雰囲気に満ちた近未来社会を描くサイバーパンクの世界は、イメージとしては映画『ブレードランナー』で、文庫解説には本書第一部の舞台となっている未来の千葉を書き終えたウィリアム・ギブスンが『ブレードランナー』を見て、「あまりのことに三十分で映画館をとびだした」というエピソードが紹介されている。
 ケイスは電脳空間(サイバースペース)にジャック・インし、企業から情報を盗み出す腕利きの「カウボーイ」だったが、雇い主から盗んだのがばれ、神経系に損傷を与えられた。電脳空間に入ることができなくなり、治療のためやって来た千葉で無為の日々を送っていたケイスの前に、アーミテジと名乗る謎の男と女用心棒モリイが現れる。アーミテジはケイスにコンピュータへの不正侵入(氷破り)を依頼する。ケイスはアーミテジやモリイと組んで仕事をするうち、アーミテジの背後にもっと大きなものの存在を感じるようになるが…
ニューロマンサー』のおもしろさの一つは「わからないけどわかる(あるいはその逆)」というところだ。たとえば、アーミテジがケイスにあるソフトを説明するくだり。
「きみは操作卓(コンソール)カウボーイ。きみが昔、産業バンクを破るのに使っていたプログラムの原型というのは《スクリーミング・フィスト》用に開発されたんだ。キレンスクのコンピュータ連結体(ネクサス)の攻撃用に、ね。ナイトウィングの軽飛(マイクロライト)とパイロット、マトリックス・デッキとジョッキーひとり。われわれは〈土龍(モール)〉というウィルスを走(ラン)らせた。この〈土龍(モール)〉シリーズこそ、本当の侵入プログラムの第一世代にあたる」
 こういう語法は、ルビを多用した翻訳者に負うところも大きいのだが、単にそれらしい雰囲気を作るためではなく、『ニューロマンサー』という小説の本質にかかわっている。作中人物たちは、誰に依頼され、何のために仕事をし、その結果、何が起ころうとしているのかについて断片的な情報しか持たない。それは読者も同じで、ウィリアム・ギブスンの華麗な文体は、直線的に意味を紡いで物語として理解しようとする行為を半ば許し、半ば妨げる。それは、主体と世界の関係とパラレルの関係にある。ケイスに仕事を依頼したのが、人間ではなく人工知能AIだったとわかるとき、行為の主体そのものが脅かされているのである。というか、「主体」というフィクションを相対化する視点を手に入れたのが、サイバーパンクのいちばん大きな意味だったのかも。
 しかし、いま述べたような新しい意匠の骨組みは、依頼を受けて仕事をすることにより謎の核心へと迫っていく古い物語であることも重要なポイントだ。ケイスらがたどりつくのが、世界に大きな影響力を持つティスエ=アシュプール一族が冷凍睡眠によって保存されている場所であり、彼らの眠り妨げ、新しい秩序を打ち立てる(?)AIの統合は、まさに新旧の交代劇だといっていい。ただし、その主役はもう「人間」ではない。