少年の世界 その1  エーリッヒ・ケストナー『エーミールと探偵たち』

 田舎の少年エーミールは、休暇にベルリンのおばさんのところに行くことになった。母親から140マルクという「大金」を手渡されたエーミールは、それを上着の内ポケットにしまう。なくすんじゃないよと母親から念を押されたエーミールは、母親が苦労してやっと貯めたお金だということをよく知っている。ベルリン行きの汽車のコンパートメントで、用心深く何度も自分の内ポケットに手をやるエーミール。コンパートメントには、妙になれなれしい山高帽の男が乗っている。そして、うっかり眠ってしまったエーミールが目を覚ますと、お金はなくなっていた。そこからエーミールの必死の追跡が始まる。
 ケストナーの『エーミールと探偵たち』が出版されたのは1928年。20世紀初頭、世界は最初の大戦を経験していたが、訳者池田香代子があとがきに「新しさがまだ新しかった時代」だと書いている。新しいものが刺激的で興奮を誘った時代。それは言い換えれば、ベルリンという大都会には、男の子たちがわくわくしそうなものがあふれていたということだ。サスペンス好きのぼくは、汽車のコンパートメントと山高帽の男でもううれしくなっちゃうのだが、ホテル、銀行、デパート、映画館、カフェ、街角の雑踏、路面電車、地下鉄、二階建てバス、タクシー…などなど、ケストナーはこの探偵劇の背景をしっかり描きこんでいる。
 エーミールは山高帽の男の尾行しているとき、クラクション少年、教授、ミッテンツバイ兄弟、ちびのディーンスタークといった個性豊かな少年たちと出会い、協力して犯人を捕まえることになる。ほんとに男の子たちの世界。唯一登場する女の子、エーミールのいとこでおてんばなポニー・ヒュートヒェンは、男の子たちの探偵劇を知り、仲間に入ろうとするが、男の子たちは彼女がいると何となくやりにくそうだ。そうそう、彼らは「エーミール!」という合言葉を決めていたが、女の子にはわからない少年の「わくわく」を共有しているのだ。それにしてもクラクション少年の口ぐせ「てやんでい」って、翻訳としてどうなん。