もし雪白姫が『草枕』を読んだら ドナルド・バーセルミ『雪白姫』

「西洋の本ですか、むずかしい事が書いてあるんでしょうね」
「なあに、ドナルド・バーセルミの『雪白姫』というんですがね、大したことは書かいちゃありません」
「じゃ、何が書いてあるんです」
「そうですね。実はわたしにも、よく分からないんです」
「ホホホホ。それで御勉強なの」
「勉強じゃありません。只机の上へ、こう開けて、開いた所をいい加減に読んでるんです」
「それで面白いんですか」
「それが面白いんです」
「何故?」
「何故って、『雪白姫』に筋らしい筋はないんです」
「余っ程変わった小説なのね」
「ええ、些と変わっています」
「筋を読まなけりゃ何を読むんです。筋の外に何か読むものがありますか」
余は、矢張り女だなと思った。

 女はすらりとした黒髪の美人で、髪は黒檀のように黒く、肌は雪のように白い。雪白姫は考える。どうして男は、性と暴力にしか興味がないのかしら。それでいてどうして、「矢張り女だ」なんてえらそうなのかしら。
 7人の男たちは昼間、高層ビルの清掃に出かけているので、雪白姫は一人部屋に残される。彼女はなぜここにいるのか、自分が何をしたいのか、わからない。昔は誰かを待っていたような気もするのだが。
 雪白姫は窓の外に垂れる自分の髪を見つめた。「ポール? ポールみたいな人っているのかしら、それともあたしは自分の憧れや退屈や倦怠や苦痛の形で彼を投影しただけなのかな? あたしの設備豊かな肉体は、二十二歳でずるずるとだめになっていかなくちゃならないわけ?」

「先生、わたくしの画をかいて下さいな」
「わたしもかきたいのだが。どうも、あなたの顔はそれだけじゃ画にならない」
「御挨拶です事。それじゃ、どうすれば画になるんです」
「なに今でも画に出来ますがね。只少し足りない所がある。それが出ない所をかくと、惜しいです」
「女だと思って、人をたんと馬鹿になさい」

 「少し足りない所」って、思わせぶりにいうけれどと雪白姫はため息をつく。それが何かはわからないのね。
 そして、彼女はいつまでも待ちぼうけ。