見届ける力 ル=グウィン『影との戦い ゲド戦記1』

ゲド戦記』は、アーシュラ・K・ル=グウィンによって1968年から2001年にかけて発表されたファンタジーの連作。その第1作にあたる『影との戦い』は、アースシーの光と闇を背景に、魔法使いゲドと影との死闘を描く壮大な物語だ。
 多島海域の北東に位置するゴンド島の貧しい村に生まれた少年ハイタカは、まじない師のおばからおそわった技でカルガド人の襲撃から村を救った。そのうわさを聞きつけた大魔法使いオジオンは、ハイタカにゲドという真の名与え弟子にするが、やがてゲドはオジオンのもとを離れ、ローク島の魔法の学院に入学する。学院でもゲドはすぐに一目置かれる存在になり、カラスノエンドウという親友もできたが、ヒスイという院生だけは決してゲドを認めようとせず、ゲドは内心いつかヒスイの鼻を明かしてやろうと考えていた。
 そんなおりヒスイにそそのかされたゲドは、自分の力を誇示するため死者の霊を呼び出す呼び出しの術を使ってみせたが、同時に恐ろしい影もまた死者の世界から這い出してきてしまった。影はゲドに襲い掛かったが、学院長で大賢人ネマールがなんとかゲドを救い出した。力を使い果たしたネマールは亡くなり、ゲドも生死の境をさまようが、その後回復したゲドは、ずっと影の存在に脅かされ、影から逃げる生活を送らねばならなかった。
 この物語を読み解く上で、重要なキーワードは「世界の均衡」と「真の名」である。魔法は万能の力ではない。使い方を誤ると世界の均衡をゆがませ、世界そのものを闇に沈ませる危険性がある。偉大な魔法使いたちは、その危険を繰り返しゲドに語って聞かせるが、嫉妬と功名心に駆られたゲドは、あやうい均衡で成り立つ世界に大きな穴をあけ、闇の世界から影を呼び寄せてしまった。
 魔法使いになるために最も必要なことは、世界のあらゆるものの「真の名」を知ることだ。魔法は、「真の名」を知って初めて機能するからである。そのため、魔法使いは、すべての「真の名」に使われているハード語を習得しなければならない。つまり、この世、光あるところはことばによって成り立っている世界なのである。しかし、大賢人ジェンシャーによると影には名前がないという。一方でゲドの最初の師オジオンは、名前のないものなどないという。ゲドと影との戦いは、どうやってこの矛盾を解消するのかにかかっている。
作者ル・グウィンはこの問題にこれしかないという回答を用意して、ゲドと影を再統合させている。この物語において、ゲドは才能にあふれた特別な存在である。恐れを知らない若さから、過ちを犯しもした。しかし、彼は命がけでそれに立ち向かっていく。未熟なものは世界を壊しもするが、それをきっかけに再創造が行われることもある。光の側に立つ大賢人や大魔法使いはつねに「均衡」に配慮せよと言うが、それを理解できないものは世界を破滅させる危険性と同時に、新しい世界を創る可能性を持つのである。
影との戦い』はゲドの成長物語だが、ロークの学院の二人の院生のことを忘れてはならないと思う。一人はヒスイで、もう一人はカラスノエンドウだ。二人はともにゲドが呼び出しの術を使った現場に居合わせた。思い上がるゲドを認めようとせず、その一方でゲドの才能を恐れてもいたヒスイは、ゲドを挑発した張本人である。しかし、事件のあと、彼の姿は物語の表舞台から消えてしまう。後日、カラスノエンドウの口からヒスイは魔法使いになれなかったという事実が明かされるだけである。一方、カラスノエンドウは、現場に居合わせた者の一人として、ゲドの影を追う旅をともにし、ゲドと影の決着を見届ける。カラスノエンドウは、事の発端に居合わせた者としての責任を果たした。カラスノエンドウには見届ける力があり、ヒスイにはなかったということだと思う。ゲドのような特別な存在とは異なるカラスノエンドウが発揮した見届け力は、もう一つの大人の生き方を示している。