変わり続ける「いま」  野中柊『参加型猫』

『参加型猫』という、なんとなく矛盾を含んでいるようなおもしろいタイトルに惹かれ、久しぶりに野中柊の本を手に取った。この作家の書くものは、奇妙に奥行きがなく、のっぺりした感じがする。勘吉と沙可奈という若い夫婦の日常生活を描いたこの本もそうだ。
 二人が住んでいたおしゃれなデザイナーズマンションから、エレベーターのないマンションの6階にチビコという猫を連れて引っ越しをする。描かれているのは、引っ越し屋のお兄ちゃんたちの意外な一面とか、荷解きの大変さとか、作業の合間にランチを食べに行くとか。タイトルに猫が入ってる割にはチビコの出番が少ないけど、読んでいくと、ごく日常的な「いま」を生きるこの夫婦(とくに沙可奈)もまた猫なんだってことに気がつく。小説の中には、彼らが引っ越しをする事情も語られているが、そのような今を形作る過去に対する重みをできるだけ小さくして、目の前に現れては消える「いま」を描こうとしている。
 昔の写真を見たりして、記憶がよみがえることがあるけど、それは現在の自分に都合よくねつ造されたのもではないかと勘吉は考える。「記憶は決して過去のものではなく現在進行形なのだ」それでいて、沙可奈が自分の幼なじみだったらいいのにと考える程度の感傷は持ち合わせているのだが、沙可奈がそれを聞くと「私は子供の頃、すっっっごくブスだったのよ」と素っ気ない。そんなふうにして、「いま」を支えそうな過去への感傷はきれいに拭い去られる。どんどん現れては過ぎ去っていく「いま」という瞬間が生きるということ。不安でもあり、すがすがしくもある、そんな場所を夫婦が駆け抜ける。