女子高生の描き方 その1 山田詠美『放課後の音符』

「良い大人と悪い大人を、きちんと区別出来る目を養ってください」
 山田詠美は、女子高生の恋をテーマにした短編集『放課後の音符』のあとがきにこう書いている。「良い大人」「悪い大人」とはどういうものか。それはあとがきを読んでもらうとして、山田詠美は「理想」を持っている。よい恋とは? よいセックスとは? よい大人とは? 9つの短編に一貫して流れているのは、善きものへの強い意志である。
「私も素敵な恋がしてみたいなあ」
「あなた、素敵素敵って言うけど、素敵な恋は、悲しい気持ちを引きずっているのよ」
 先輩はちょっと寂しげに微笑した。(「Salt and Pepa」)
 少しだけ先へ進んでいるものが、まだ未熟なものを正しく導こうとする。そのとき出来事としての恋は、既成の言葉(素敵な恋、悲しい気持ち)へと変換される。理想を語る行為は、たしかにそこにあったはずのものを言葉の向こうに後退させてしまうことでもある。山田詠美はそのリスクをよく知っていながら、主人公(読者)を導くことをやめようとしない。そして、よく読めば、言葉の向こう隠れてしまったものも、ちゃんと感じることができる。髪を赤く染めた女の子がたばこを吸いながら、「ブロウジョブ」について語っているとしても、この本は導かれたい人にとっての「理想の教科書」である。