キャラにはじまり、キャラにおわる 白岩玄『野ブタ。をプロデュース』

天然、いじられ、毒舌、切れ、萌え、お馬鹿など、いつごろからか人の性格を評するとき、キャラという言葉を使うようになった。『野ブタ。をプロデュース』の桐谷修二なら、チャラ男キャラといったところ。

「アイタタタタ、なんかいるよ俺の席に。どっかりいっちゃってるよ」
「なによ〜それどういう意味?」そのまんまです、お客様。
「うわ! しゃべった! 意外と人間語!」
「キャハハハ、ひっどーい」
 美咲が足をバタバタさせてけたたましく笑った。こっちもパンツが見えそうだ。
「どくわよ〜、ホントはアタシのぬくもりがあるイスに座れてウレシイくせに〜」
 ハハハ、撃っていいか?(p18)

桐谷修二はクラスの人気者。次々にやってくる「お客様」をテキトーな会話でさばいていく。これはたいした技術である。この話術と機転を身につけている彼は、クラスメイトとの良好な関係を保っているだけでなく、マリ子という美少女の「彼女」がいる。イジメられっ子の転校生・小谷信太は、修二に弟子入りを申し込む。チャラ男キャラのおかげで、修二は居心地のいい3年間の高校生活が保証されている…はずだった。
小谷信太が修二に教わりたかったのは、人気者になるすべじゃない。自分の身を守るすべである。クラスの「人気者・桐谷修二」としての地位を築き上げた修二の手腕は、「桐谷修二」という完璧な「着ぐるみ」を身に着ける護身術なのだ。裸で人前に出られないのと同じように、修二は「着ぐるみ」を着ないでは、何もできない。そして彼は「着ぐるみ」にほころびが生じることを極度に恐れている。二人が突然の雨に雨宿りしている場面。

 無言の俺をマリ子が不思議がって、黙ったまま俺の目を覗きこむ。
「修二?」
 その目だ。その目が俺の着ぐるみを剥いでしまう。
「……ねぇ、濡れるってば」
マリ子の手が俺の手に触れたのを感じた瞬間、俺はその手を振りほどいた。
「……修二?」
 俺に手を振りほどかれたことにマリ子は驚いて、俺を見た。
 やっぱり俺はおまえのことは好きじゃない。俺の中に入ってくんなよ。
 おまえは俺のなんだ。
 俺のなにをわかってくれるんだ。
 わずかな首の隙間も余さずに着ぐるみの頭が今閉じきり、完全な暗闇となった。(p139)

修二がこれほどまでに他人との接触を恐れるのは、彼が暗闇の中に生きていて、「着ぐるみ」を着る以外に生きるすべを知らなかったからだ。「着ぐるみ」を脱いだ時の自分の暗さを彼はよく知っている。信太やマリ子が修二に裏切られたと感じたように、きっと修二もひどく傷ついた。決して甘くないラストは、読者も気持ちよくさせてはくれない。それでも「着ぐるみ」の隙間からさす光には、わずかな希望を感じさせる。