行きはよいよい… 万城目学『鴨川ホルモー』


知らず知らずのうちに思わぬ深みにはまっている。えらいとこまで来てもうたなあという実感は、『鴨川ホルモー』の作中人物たちも、この小説の読者も同じじゃないだろうか。
 「ホルモー」とは、10対10、計20人が参加する競技の名称。競技者はたがいにオニ語を駆使して「オニ」をあやつり対戦させる、いわば戦争ゲームのようなもの。しかし、そこには競技参加者も知らない罠が隠されていた。このホルモーなる競技で対戦するのは「京大青竜会」他3チーム。それぞれ陰陽道にちなみ朱雀、白虎、玄武を名乗っている。そんなサークルとも知らず、新歓コンパに参加した阿部は、その場に居合わせた早良京子に、正確にいうと彼女の形のよい鼻にひとめぼれ。早良京子目当てにサークルに加入する安倍だったが…。
 とまあ、なんとも荒唐無稽なお話だが、この気安いというより、ちょっと子供っぽいぐらいの入口がくせもの。気がつくと、手に汗握り奇怪なオニ語を彼らといっしょに「ぐあぐあ」とオニ語をつぶやいているのである。京大が舞台になっている青春ファンタジーというと森見登美彦の『夜は短し歩けよ乙女』を思い出すが、万城目学は青春ファンタジーに歴史的要素を加えており、より遠くへいく感がある。
「ホルモー」は戦いであり、当然勝ち負けがある。恋にもまた勝者と敗者がいる。『鴨川ホルモー』全編を通して貫かれているのは、勝者への反発と敗者への共感である。競技と恋の勝者芦屋は典型的なマッチョ男。そして、芦屋に反感を持つ京大青竜会の安倍をはじめとするメンバーは、「京大青竜会ブルース」を結成することになるのだが、そこに恐ろしい運命が待っていた。「ブルース」のメンバーは「黒いオニ」が夜な夜な繰り返す殺戮の光景を見、殺されるものの断末魔の叫びを聞くようになってしまったのである。
 いったいその光景は何を意味するのか。「(…)この得体の知れない殺戮は、千年以上にわたって、この街で毎夜繰り返されてきた、お馴染みの風景なのだ」この「魑魅魍魎」の断末魔の叫びが響くところまで、半信半疑の作中人物とともに読者は連れて来られる。で、帰りはこわい。でも、帰らないといけない。帰ってきたとき、同じ風景が違って見える。何かを失い、何かを背負う。『鴨川ホルモー』は最良のファンタジーであり、青春小説である。