かたちにならないもののかたち 角田光代『だれかのいとしいひと』

 角田光代という作家とは、相性悪いみたいで、たまに目にする文章はほとんど「なんかちがう」だった。でも、恋愛や仕事がうまくいかない男女を描いた短編集『だれかのいとしいひと』は、おもしろかった。別れた男の部屋に忍び込む女の子とか、別れを予感しつつ遊園地デートするカップルとか、次々に不幸が襲い掛かるOLとか、どの小説の主人公も人生に迷っている。そんなのはどこにでもある話かもしれない。ぼくがいちばん印象に残ったのは、「バーベキュー日和(夏でもなく、秋でもなく)」。親友の恋人としか恋愛できない女の子の話。彼女は考える。
「おなかが空いたらごはん。暑かったらアイスクリーム。眠たくなったらタオルケット。退屈ならおもちゃ。さびしければおかあさん。もしくは、恋愛、友情、嫉妬、怒り、悲しみ、満足、世の中からそれに見合った正しいかたちを捜してあてはめていけば、きっと何もかもがうまくいくし、こわいことなんか何もない。
 けれど今だって今までだって、あたしのなかで、そんなふうに明確なかたちをもつものなんかただのひとつもありはしない。」
 こういうのって、すごくふつうの現代人って感じがする。誤解を恐れずに言えば、角田光代は「平凡」なのだ。江國香織のような研ぎ澄まされた感覚も、小川洋子のような冷たいフェティシズムも、よしもとばななのようなオカルト感覚もない。それだからこそ、どこにもあずけてしまわない現代人のかたちをリアルに描けるのだ。