「お話して!」 スティーブンソン『宝島』

 本の最初のページを開き、読み始めるときのわくわく。それはきっと大人に「なにか、お話して!」とせがみ、いよいよ始まるというあのわくわくと同じだ。「お話」とか「物語」という言葉通り、そこには話し手と聞き手がいる。文庫の解説によれば、スティーブンソン最初の長編小説である『宝島』は、息子と灯台技師だった父親に語って聞かせる物語だった。
 ある日「ベンホー提督屋」という宿屋に老水夫がやってきた。横暴で傲慢なくせに、こそこそと人目を避ける老水夫は、宿屋の少年(語り手)に「一本脚の船乗り」を見張るように言う。実は宝島の地図を隠し持っている老水夫は、かつての海賊仲間に狙われていた…。
 語り手の少年が宝島の地図を手に入れ、医師のリヴジー先生や大地主のトリローニさんらとともに宝島に向けて出帆するまでに、スティーブンソンは物語全体の約3割を費やしている。老水夫の思わせぶりな態度、黒犬や盲人のピューらいかにもなならず者たちの登場で、冒険への期待がふくらむ。うまいなあと思ったのは、老水夫が最も恐れていた「一本脚の船乗り」シルヴァーの登場シーンだ。コックとしてヒスパニオーラ号に乗り込んだシルヴァーは、少年ににこにこと愛想を振りまき、君がかしこい少年だってことは一目でわかったなんてお世辞までいうのだ。
 冷静で聡明な医師リヴジー、考えが浅くおしゃべりな大地主トリローニ、厳格で職務に忠実な船長スモレットなど、こういうエンタメ小説はキャラが命。なかでも狡猾で機転が利き、敵味方の区別なく器用に立ち回るシルヴァーという人物が『宝島』という物語をぐいぐいと先へひっぱっていく。すっかり信用を勝ち取ったシルヴァーが手下をひきつれて船に乗り込むことに成功し、ヒスパニオーラ号は敵方19人に対して味方は6人というサバイバルゲームに突入する。
 もし、このシルヴァーという作中人物がいなければ、紳士然とした医師や大地主が海賊たちの宝を奪うという物語の構造がはっきりしてしまって、読者はきっと鼻白んだにちがいない。『宝島』の勝者はと言われれば、宝を手に入れた者だと答えないわけにはいかないが、だれに与することなく、物語を始めるときのわくわくと読み終えたときの寂しさを身にまとって姿を消したシルヴァーは、きっとまた別の物語に登場し、何食わぬ顔で悪党を演じるのだ。