どこかにいるわたし 長嶋有『タンノイのエジンバラ』

 古びた団地に住む失業中の30代の男が、隣の小学2年生の女の子を母親に頼み込まれて一晩預かるはめになる。
 『ペーパームーン』『都会のアリス』など、中年男×少女という組み合わせは、類型的に描かれ、ハマればすごくおもしろいんですが、「タンノイのエジンバラ」はそれとは違います。
 「きひひー」とかんに障る笑い方をする女の子と美少女フィギュアをかざっている男。二人が交わすかみ合わない会話。作者はストーリーが方向性を持たないように細心の注意をはらっているようだし、どこに行くのかわからない話はとてもスリリングです。
 黒電話、「SPEED」の下敷き、バーモントカレー、そしてタンノイのエジンバラ…。話に方向性がない代わりに、部屋にある「モノ」たちがいろんな意味を帯びてくる感じです。
 自分とは縁もゆかりもない誰かの話なのに、そこに自分がいるような気がする、というか、中年男も小2の女の子も自分だと思えてくるんです。他に「夜のあぐら」「バルセロナの印象」「三十歳」を収録。「夜のあぐら」は泣きました。どこかにいるだれか、それもわたしなのかも。