この世はあの世 藤枝静男『田紳有楽・空気頭』

 内田百閒は、人間が世界一周できるようになって、ぐるりと一周し元の場所に戻ってくることができると考えるのは、なんというつまらないことだろうという意味のことを日記に書いています。
 世の中はさらに進んで、今ではGPSを使って個人の居場所も特定できるし、衛星で世界中をのぞくことができます。地球のどこにも特別な場所はなくなってしまったというわけです。
 特別な場所というのは、「ここ」ではない場所、つまり、「あの世」ということですが、「ここから向こうはあの世だよ。危険だよ」と境界線を示す場合と、「ふふふ、油断したな。実はここがすでにあの世なのだよ」と現実をひっくり返す場合があるみたいで、『田紳有楽』の世界は後者です。
「万物流転生滅同根、山川草木悉皆成仏」
 もう、いっちゃってる。グイ呑みと金魚が交わって、子供まで作ってしまう。藤枝静男はどのようにしてここがあの世だと言い切るような認識を持つに至ったのか、それを考えるとちょっと怖くなるような気がします。