よみがえる記憶 その2 後藤明生『挟み撃ち』

 「あの外套はいったいどこに消え失せたのだろう」
 何の前触れもなく、この程度の疑問に襲われることは、よくある。ぼくらは日々、何かを思い出したり、忘れたりしている。『挟み撃ち』の中年男の主人公は違う。なんかすごくしつこい。学生時代までは確かに持っていた「旧陸軍歩兵用の外套」をのこのこと探しに出かけていく。
 この小説は『サーチエンジン・システムクラッシュ』と同様の構造を持っているが、『サーチエンジン』にはあった謎めいた設定とか、劇的な展開とかそういうのはなし。あの「外套」を私はどこへやってしまったのかというひどく散文的な危機の表明は、「わたし」をどこへも連れて行きはしない。
 外套を探しながら、かつて軍国少年だった自分の姿を思い出す。そして、その後の無味乾燥な戦後の中で、何でもないものになっている「わたし」。「何者でもないかっこ悪さに耐えられるのか」『挟み撃ち』の作者は、このように問いかけているように思える。