よみがえる記憶 その1 宮沢章夫『サーチエンジン・システムクラッシュ』

 「生きているのか、死んでいるのかわからない。そのあいまいさに耐えられるのか」
 ある日、学生時代の同級生が起こした殺人事件の新聞記事を目にしたことをきっかけに、主人公の中年男の耳元にこのような言葉がよみがえる。学生時代に参加していたゼミ「虚学」の担当教師の言葉だという。でも、そんなことはどうでもいい。ぼくはこの言葉を読んで、ひどく揺さぶられた。
 「生きているのか、死んでいるのかわからない」
 そうだよねえ、そうそう。わからないよねえ。だから、何かをつかもうとして、街の中へ、記憶の糸をたどって探索を開始する主人公の気持ちが痛いほどよくわかる。男はひどく混乱し、あせっている。つかみそこなったら、もう一生見つからないかもしれないものが、目の前にちらついている。
 なりふりかまわぬ探索の果てに、男が見たものは、あるいは、たいしたものじゃないかもしれない。でも、そんなことは関係ない。
 これは彼のラストチャンスだったのだ。