うそから出たドタバタ ジッド(ジイド)『法王庁の抜け穴』

 ローマ法王が実はにせもの!? 聖職者になりすました天才詐欺師プロトスが、ある秘密結社によって法王庁の地下室に幽閉された本物の法王を救い出すなどと奇想天外なうそをでっち上げたことから、物語はあらぬ方向へ動き出す。一方、プロトスの旧友で私生児のラフカディオは、外交官も務めた父親の病死により多額の遺産を手にすることになる。そのほかにも、作品の不評に強い不満を持つ作家ジュリウス、聖母の奇跡により結社をはなれ、キリスト教に改宗した科学者アンティムなどなど、登場人物が多く、関係も複雑、ストーリーの展開も先が読めない。最初はとまどったが、途中から伏線が次々とつながり出し、もうやめられない状態。なんといってもラフカディオとプロトスとの対決シーン。走る汽車の中での頭脳戦はとても映像的に書かれていて、サスペンス映画のクライマックスを見ているよう。最後の最後まで、ほんまようできてるわ。
 ジイドは、本書を「ソチ(茶番劇)」と呼んで、「ロマン」と区別していたようだが、確かに、これを映画にしたらサスペンス・コメディといったところ。ある部分は完全なドタバタ喜劇のパターンになっている。にせものの法王というありえない着想によって、カトリックフリーメーソンも笑いとばしてしまう快作。
 この作品において、もっとも注目されるのは、ラフカディオのいわゆる「無償の行為」。「ある人間が、おれには何でもできると思っている。それがさて行動する段になると、しりごみする……想像と事実の間の、いかほどに遠いことか!」そして、ラフカディオはやってみる。「想像と事実の間」を飛び越えて。彼はいわばラスコーリニコフの遠縁、『異邦人』の主人公の先輩なのである。小説的記憶、映画的記憶を刺激し、想像力を喚起する。岩波文庫新潮文庫から翻訳が出ていたみたいだけど、現在は絶版?