他人の欲望 阿部共実『ちーちゃんはちょっと足りない』

 中2のちーちゃんはちょっと足りない
「うまみ棒は一本10円です。80円あったらいくつ買えるでしょう」と「80を10で割ったらいくつ?」が同じ問題だということがわからない。お気に入りのアニメは女児向け「マジカルラブドラゴン」。テストは20点取れたら大喜び。そして、いつも何かほしいのにお金が足りない。そんなちーちゃんとお友達のナツや旭の日常を描くほのぼの漫画と思いきや、あまい期待は180度裏切られる。
 この漫画を読み終わったとき、『千と千尋の神隠し』に出てきたカオナシを思い出した。他人の欲望を飲み込んでみにくくふとっていくモンスターは、正確な現代人の(といって悪ければぼくの)戯画だと思った。そして、泣いた。泣いてちょっと気持ちよくなった。ぼくはカオナシを受容し、消費した。他人の欲望をどうコントロールし、自分を保つか、それがいまの消費社会に生きる人にとっては重要なことだ。
 中2のちーちゃんとお友達のナツにはそれがとても難しい。ちーちゃんは言う。あれがほしい、これが飲みたい、男にもてたい、かわいくなりたい…。それができないと地団駄ふんでくやしがり、だだをこねる。困り果てたお姉ちゃんがお金を恵んでくれることもあれば、きついパンチをお見舞いすることもある。ちーちゃんは何かがほしいとき「わたしはこれがほしい」と言う。でも、ナツにはそれができない。彼女は人と自分を比べてしまう。旭ちゃんには彼氏がいるのに、私にはいない。奥島は勉強ができて思いやりがあるのに、私はダメ。箸さえきちんと持てない底辺の人間…。負のスパイラルの中へどこまでも落ちていく。努力もしないし、思いやりもない。自分の頭で考えない。驚いたことに、阿部共実はナツに救いや希望を何も与えない。
 ぼくはこれを読んでも泣かなかった。気持ちよくもならなかった。そして、ナツは消費されず、ナツは今もナツというどうしようもない中2の女の子のままだ。