創造し、破壊する 飛浩隆『象られた力』

 最近、SFを読んでなかった。飛浩隆の名前は、北野勇作の傑作SF『かめくん』(河出文庫)の解説で初めて知った。そして、むさぼるように読んだ。いや〜、新しいのもちゃんと読んどかなあかんね! 飛浩隆は1992年の「デュオ」発表後10年も沈黙していたせいで、伝説の作家的存在だったらしいけど、2002年長編『グラン・ヴァカンス』で復活。さらに2004年刊行された中短編小説集『象られた力』は第26回日本SF大賞受賞、「ベストSF2004」国内篇第1位も納得のおもしろさだ。本書『象られた力』には、表題作のほか、「デュオ」「呪界のほとり」「夜と泥の」の4篇が収録されている。
「デュオ」は双子のピアニストをめぐる異色作だが、他の3篇は宇宙を舞台にした本格SF。特に「夜と泥と」と「象られた力」はリットン&ステインズビー協会による地球化(テラフォーミング)が行われた惑星に人類が移住したという作人の背景を共有している。まず驚かされるのが、他の惑星に移住した後の人類という設定にリアリティを与える世界観の緻密さだ。「夜と泥の」では、協会の仕事をやめ、辺境の惑星に引っこんだ蔡に、かつて同僚だった「私」が会いに行く。「私」とともに、まだ発展途上だとされるその惑星に降り立つ読者は、その惑星の都市、雑踏、密林に目を見張る。そして、そのような緻密さは単なる背景ではなく、L&S協会による地球化の過程と、それに抗おうとする惑星のしたたかなうねりが作品のテーマになっている。
「象られた力」は、特定の図形が人間の中に秘められた特別な能力を引き出してしまうという話。百合洋(ユリウミ)という惑星が忽然と姿を消した。百合洋に近い惑星ムザビーフ人々は、百合洋を見舞った災厄に怯えるが、一方で百合洋で生み出された魅惑的な図形(エンブレム)の数々がムザビーフの生活の隅々にまで入り込んでいる。それらの図形は「抽象的な意味や寓意、神秘的な役割」を担い「一種の図形言語として機能する」のだという。ムザビーフのイコノグラファー、ヒトミは、L&S協会文化事業部シラカワの依頼で、「見えない図形」を探すことになったが…。「象られた力」は人間の破壊性を描いた作品として、非常に読みごたえがある。繊細に形作られた小説世界もろとも破壊しつくされていく終末的雰囲気とともに、ある種のカタルシスも描かれているのが、リアル。