虚構の壁をやぶる 筒井康隆『朝のガスパール』

 『朝のガスパール』は1991年3月から翌年4月まで朝日新聞に連載された新聞小説で、読者の投書やパソコン通信による意見を取り入れてストーリー展開を変えていくという試みがすごく話題になった。また、これと並行して『マリ・クレール』に傑作『パプリカ』も連載中で、当時、筒井康隆という作家は(こういってよければ)円熟期を迎えていた。93年の断筆宣言騒動がなければなんて考えてしまうが、いずれにせよ、もう20年(!)も前の話。
 『朝のガスパール』は、『虚人たち』『夢の木坂分岐点』など、これまで様々なメタフィクションを書いてきた筒井康隆の集大成。作品を執筆する現実の作者、連載を読みながら意見を投稿する読者、『朝のガスパール』という虚構内に登場する執筆者、その作者によって書かれる物語世界、さらにその物語の登場人物がしているコンピュータ・ゲームの世界という5つのレベルからなっている。
 このドタバタ喜劇を思わせるメタフィクション、めちゃめちゃおもしろい。株取引の失敗により、多額の借金を背負うことになった貴野原聡子の窮地を救うべく、コンピュータ・ゲームの世界から軍隊が出てきちゃうみたいな荒唐無稽な話が、例によって阿鼻叫喚のラストが、なんでこんなに感動的なのか。『朝のガスパール』の執筆者として登場する作家は、次のようにつぶやく。「虚構の側から現実への侵犯は可能か。ぼくはずっとそればかり考えていた」『朝のガスパール』は、まさに現実世界を巻き込んで作られた。でも、それだけでは「侵犯」とは言えない。奴らは現実に復讐しようとしたのである。