「わたし」の歩み 山田稔『残光のなかで』

『残光のなかで』には、1967年に書かれた表題作「残光のなかで」から95年の「リサ伯母さん」まで8つの短編が収められている。年代順に収録されたそれらの短編を読めば、作者山田稔の歩みをたどることになる。そう考えれば、一作ごとに独立した作品が一種の年代記のように見えてくる。
 作者は仏文学者でバルザックやゾラの翻訳も手がけている。これまで三回渡仏しているそうで、フランスでの生活や出会った人々の姿を生き生きと描いたフランスものが5編、勤務先の大学があった京都を舞台にしたものが3編。前者は観察者の、後者は生活者の小説。なかでも「シネマ支配人」がおもしろい。無愛想で、いつもいそがしそうにしていて、下宿にカラーテレビを借りるのに反対するポルノ映画館経営者クルヴェル氏。
 そうした他者への視線が自分へと向けられはじめると、作品は強い自意識にくもり、輝きを失ってしまう。「岬の輝き」で親友を亡くした主人公が雨のなか「こんどはおれが犬だよ。ヘルプ、プリーズ」などとつぶやくところなんか、安いメロドラマにもならない。げに自意識のおそろしさよ。
「リサ伯母さん」は作者65歳のときの作。幼少時にしばしばやってきたリサ伯母さんが、今度は彼方からの使者として、病床にある主人公によみがえる。輝きはもどらない。でも、あいまいな記憶が作品にすごみを与えている。