虚構と実像 ウラジーミル・ナボコフ『セバスチャン・ナイトの真実の生涯』

 長編三冊、短編集一冊、さらに一冊の自叙伝を残し夭折した作家、セバスチャン・ナイトの伝記を書くため、腹違いの弟がその生涯をたどる。語り手である弟にとって、作家の兄はアイドルのような存在だったが、セバスチャン・ナイトゆかりの人物や土地をめぐるにつれて、意外な真実がしだいに明らかに…。
 とこんなふうに書いてしまうと、この小説のおもしろさはうまく伝わらない。セバスチャン・ナイト晩年の秘書が『セバスチャン・ナイトの悲劇』という伝記を書いたり、ナイト本人の小説の内容が現実と重なり合っていたり、弟がナイトをアイドル視するほど兄のダメ男ぶりが透けてみえたりと、真実そのものが主題化されている。
 セバスチャン・ナイトはどこにいるのか。語り手である弟の探索は、一つの真実を探り当てるのではなく、一人の人間がいろんな形で同時に存在していることを明らかにしているように思える。だからこそ、最後に導かれる弟の奇妙な認識も納得できる。
『セバスチャン・ナイトの真実の生涯』はナボコフ最初の英語の小説。ロシア革命により故郷を追われたナボコフはヨーロッパに移住。生活は貧しく、この本はバスルームで執筆していたという。本屋さんでこの本を見かけたら、ぜひ巻末の年譜を。ナボコフという人の容量の大きさ、多才さに驚かされます。