「カメに似てるね」 北野勇作『かめくん』

 かめくんはクラゲ荘という木造二階建てのアパートに住んでいる。最初、アパートの管理人ハルさんには「なんだ、カメなのかい」なんて言われもしたけど、入居できたのは、ちゃんと仕事をしているからだ。ふだんは倉庫作業員としてフォークリフトを操作しているが、ときに荷物に紛れ込んでいる巨大ザリガニと戦ったりもする。仕事帰りには駅前の商店街で買い物をする。休みの日は図書館に行く。図書館にはミワコさんがいる。レプリカメの研究をしているミワコさんにかめくんはときどき協力する。
 レプリカメ。かめくんはそう呼ばれている。かめくんの甲羅が主にシリコンとセラミックでできているということを教えてくれたのはミワコさんだ。ほのぼのとしたかめくんの日常にときおりこりこりした硬いものが現れ、次第に『かめくん』の世界が見えてくる。本物と偽物のテーマを追求したフィリップ・K・デックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』への言及があることからもわかるように、やはりこれはしっかりSFなのだ。かめくんの記憶にはプロテクトがかけられていて、かめくんは昔のことを思い出せないが、小説を読み進むにつれ、レプリカメは木星での戦争に投入される兵器であることがわかる。木星での戦争の目的は何なのか、現在はどうなっているのか、そうしたことも断片的に明らかにされる情報をつなぎ合わせることで明らかになるのだろうが、「物語」を日常性の中に浮上させることだけがこの小説のおもしろさではない。たわいもない日常の中にときにギラリと光る凶悪なもののありようが、現在では物語としての戦争よりリアルになってしまっている世界。
 記憶を失ったかめくんと世界のありようを考える小説。これが『かめくん』である。そのかたちはどこまでいっても確かなものとして現れるわけでなく、むしろかめくんの巨大生物ザリガニイとの戦いにシナリオがあり、現実がシュミレーションゲームを模倣するように『かめくん』の世界はいつも何かに似たものなのである。
「カメに似てるね」
 黄色いタートルネックのセーターを着たミワコさんを見たかめくんのことば。かめくんにとって好ましいのは「カメに似た」ものであるという単純な事実は、シナリオとかシュミレーションといったことばに象徴される世界の不確かさをふくめてそのまま肯定してしまうかのようだ。小説の舞台が大阪になっているのも、見どころの一つ(通天閣の下から路面電車木星へ行くとか)。北野勇作は初めて読むけど、今のところ今年のナンバーワン。