日本文学

二重写しとコスプレ 牧野信一『ゼーロン・淡雪 他十一篇』/『バラルダ物語』

ゼーロン・淡雪 他十一篇 (岩波文庫) 作者: 牧野信一 出版社/メーカー: 岩波書店 発売日: 1990/11/16 メディア: 文庫 クリック: 8回 この商品を含むブログ (18件) を見る バラルダ物語 (福武文庫) 作者: 牧野信一 出版社/メーカー: 福武書店 発売日: 1990/10…

「語り」の奥深さ 幸田露伴『幻談・観画談 他三篇』

幻談・観画談 他三篇 (岩波文庫)作者:幸田 露伴岩波書店Amazon 幸田露伴と言えば、初期の傑作に『五重塔』がある。大工として優れた技量がありながら、世知に疎く「のっそり」と呼ばれ、下請け仕事に甘んじていた十兵衛が五重塔建立という一世一代の大仕事を…

相対化を越えて 村田沙耶香『殺人出産』

殺人出産 (講談社文庫)作者:村田 沙耶香講談社Amazon かつて殺人は悪だった。しかし、人口の極端な減少に歯止めをかけるべく、新たなシステムが採用された。それが「殺人出産」だ。「産み人」は10人産んだら一人殺してもいい。つまり、強い殺意が新しい命へ…

やっぱり穴だらけ 小山田浩子『穴』

穴 (新潮文庫)作者:浩子, 小山田新潮社Amazon 予備知識なしで読み始めたのがよかったのだと思う。テンポのいい文体に気持ちよく引き込まれながら、気がついたらまさに穴、作者の思うつぼ、いや、思う穴にはまり込んでいたのだった。おもしろがればいいのか、…

目覚める少女 山尾悠子『ラピスラズリ』

ラピスラズリ (ちくま文庫)作者:山尾 悠子筑摩書房Amazon 日常を忘れたいときは外国文学を読む。ちょっと遠くへ出かけるような気がするからだ。そんなニーズを満たしてくれる日本の小説はあまりないなと思っていたけど、山尾悠子の連作長編『ラピスラズリ』…

とどまることのない流れに印をつける 木皿泉『さざなみのよる』

さざなみのよる作者:泉, 木皿河出書房新社Amazon「死ぬって言われてもなぁ」と死期の迫ったナスミは思う。43歳。癌にむしばまれた体はもう言うことをきかない。目が覚めると、生きていることにほっとしたり、体の辛さから解放されたくて、なんだまだ死んでな…

ところできみたち、二人なの、一人なの? 柴崎友香『寝ても覚めても』

寝ても覚めても (河出文庫)作者:柴崎 友香河出書房新社Amazon 朝子は大阪のとある高層ビルの展望フロアで、麦(ばく)という男の子に出会い、一目惚れ。やがてつきあいはじめた。麦は気のおもむくままに行動する人で、どこへ行くともなくふらっと出かけて数…

私(たち)の記憶 磯﨑憲一郎『往古来今』

往古来今 (文春文庫 い 94-1)作者:磯﨑 憲一郎文藝春秋Amazon こんな遠くまで行くのかという驚きとともに磯﨑憲一郎の『往古来今』を読み終えた。「私」の記憶が、「私たち」の記憶になり、世界へと移り変わっていく。 『古今往来』ではなく、『往古来今』。…

言葉と顔 西加奈子『ふくわらい』

ふくわらい (朝日文庫)作者:西 加奈子朝日新聞出版Amazon 西加奈子の『ふくわらい』を読んでいたときだ。ん? と思って目元に手をやると涙が出ている。鼻水も出てるみたいだ。何かなと思った次の瞬間、感情がどっと追いかけてきた。ただ、その感情をどう名付…

巨大な幽霊 梨木香歩『冬虫夏草』

冬虫夏草 (新潮文庫)作者:香歩, 梨木新潮社Amazon 本書『冬虫夏草』は駆け出しの物書きである主人公綿貫征四郎が狐狸、河童、植物の精などさまざまな異界のものたちと出会う『家守綺譚』の続編。『家守綺譚』を読んでいるとき考えていたのは、現代の作家がど…

「厭でござりまする」 幸田露伴『五重塔』

五重塔 (岩波文庫)作者:幸田 露伴岩波書店Amazon「木理美(もくめうるわ)しき槻胴(けやきどう)、縁にはわざと赤樫(あかがし)を用ひたる岩畳作(がんじょうつく)りの長火鉢に対(むか)ひて話し適(がたき)もなく唯(ただ)一人、少しは淋しさうに坐(…

飛躍の瞬間 栗田有起『蟋蟀』

蟋蟀 (小学館文庫)作者:有起, 栗田小学館Amazon「あああ、もう、たまらないわ。先生。先生。これから連続側転するから、見ててください」(「あほろーとる」) 栗田有起の小説には飛躍の瞬間がある。 若くてかわいくて仕事もできる秘書。彼女に恋心を抱く大…

女の一生 水村美苗『本格小説』

本格小説(上) (新潮文庫)作者:美苗, 水村新潮社Amazon(ネタバレ)水村美苗のような作家のことをどう考えたらいいのだろうか。彼女は何よりもまず、読者である。憑かれたように小説を読み漁っていた時期があったにちがいない。水村美苗の最初の小説『続明…

日常に落ちる影 山本昌代『手紙』

手紙作者:山本 昌代岩波書店Amazon ずっと続くもの、たいくつなもの、それが日常だと思っていたというより、思い込もうとしていた。最近、病気して、日常がくるりと回転していつもと違う顔をみせた。それを非日常と言ってもいいけど、ある日大きく変わるのは…

日常のラベルをはがす 尾辻克彦『肌ざわり』

肌ざわり (河出文庫)作者:尾辻 克彦河出書房新社Amazon 何となくテレビを見ていたら、赤瀬川原平が出ていた。蟹の缶詰のラベルをくるりとはがし、それを缶の内側に貼る。再びふたを閉じる。それで「宇宙の缶詰」の完成である。「蟹缶の宇宙」。椅子やかばん…

もうひとつなにか別のものをひっぱってくること 村上春樹『騎士団長殺し』

騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編作者:村上 春樹新潮社Amazon (ネタバレ)新潮社のハードカバーの帯には『1Q84』から7年と銘打たれた文字が踊り(『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』からいうと4年だけど、それはともかく)、出版社や書店とし…

和製ハードボイルド 柴田錬三郎『御家人斬九郎』

御家人斬九郎 (集英社文庫)作者:柴田 錬三郎集英社Amazon ハードボイルド小説と言えば、ダシール・ハメットの『マルタの鷹』とか、レイモンド・チャンドラーの『ロング・グッドバイ』などで活躍する私立探偵たちが思い浮かぶ。「タフで情に流されない」と形…

日記ではなく 穂村弘『にょっ記』

にょっ記 (文春文庫)作者:穂村 弘文藝春秋Amazon「日記」ではなく、「にょっ記」。「にょっ」の分だけ「日記」からずれている。 「記」の分だけ「日記」につながっている。 私は混んだ電車に立っていた。 目的の駅に着いたので、おりまーす、と呟くと、前に…

死者のいる場所 藤野千夜『君のいた日々』

君のいた日々 (ハルキ文庫)作者:藤野千夜角川春樹事務所Amazon もう20年以上前のことだけど、大学のゼミで内田百閒の『ノラや』について、当時の百閒は何を見ても何かを思い出す状態だったと思うと言った。それを聞いたK先生はちょっと考えて、「ボケてるん…

仕事と人生の距離 津村記久子『この世にたやすい仕事はない』

この世にたやすい仕事はない作者:津村 記久子日経BPマーケティング(日本経済新聞出版Amazon デスクワーク、それもコラーゲンの抽出を見守るような変化のない仕事。主人公の「私」(36歳・女性)は、ハローワークのベテラン相談員・正門さんにこんな希望を言…

戦争の影 吉行淳之介編『奇妙な味の小説』

奇妙な味の小説 (中公文庫)中央公論社Amazon アンソロジーの楽しみの一つは、一冊でいろんな作家の作品を読めることだ。本書『奇妙な味の小説』が吉行淳之介によって編まれたのは、1970(昭和45)年。もう半世紀(!)近く前(中公文庫版は1988年)。したが…

右手と左手の攻防 大岡昇平『野火』

野火(のび) (新潮文庫)作者:昇平, 大岡新潮社Amazon『野火』という小説のことを戦争文学だと思っていた。フィリピンのレイテ島で喀血した主人公「私」(田村)は所属部隊からも野戦病院からも追い出され、しばらくは同じように行き場を失った兵士たちと暮ら…

「楢山節」というファンタジー 深沢七郎『楢山節考』

楢山節考 (新潮文庫)作者:七郎, 深沢新潮社Amazon もっと悲惨な話を想像していたというとヘンかもしれない。棄老伝説をもとに深沢七郎が書き上げたのは、食べ物が乏しい山間の寒村で、七十になった老人を山に捨てるという十分に悲惨な話だからだ。しかし、読…

物語と作者の逆説的な関係 いしいしんじ『雪屋のロッスさん』

雪屋のロッスさん (新潮文庫)作者:いしい しんじ新潮社Amazon タクシー運転手、調律師、図書館司書、床屋、警察官…。短編集『雪屋のロッスさん』は様々な職業の人物を主人公にした31の短編が収められている。といっても、大泥棒、雪屋、雨乞いなんて変わり種…

「千代なるもの」とは何か 梨木香歩『f植物園の巣穴』

f植物園の巣穴 (朝日文庫)作者:梨木 香歩朝日新聞出版Amazon ぼくは梨木香歩の熱心な読者ではない。『家守綺譚』も楽しんだ一方で、ときに可憐で、ときにいたずらっぽい異界の者たちを必死に守ろうとする家守の姿に現代に「怪異を書く」ことの困難を感じた。…

探偵と語り手の意外な関係 坂木司『青空の卵』

青空の卵 (創元推理文庫)作者:坂木 司東京創元社Amazon「ひきこもり探偵」ってちょっと変わってるな、いわゆる安楽椅子探偵の進化形? 坂木司の『青空の卵』。図書館でふと目に留まり、何の予備知識もなく読み始めた。それなりにおもしろかったんだけど、予…

見ること見られること デビット・ゾペティ『いちげんさん』

いちげんさん (集英社文庫)作者:デビット・ゾペティ集英社Amazon デビット・ゾペティの『いちげんさん』は1996年に発表されたようだから、もう20年も前のことだ。この小説の存在は知っていた。だけど、読んでなかった。京都にあこがれて、ヨーロッパからやっ…

「なんだか疲れてしまったみたいだから…」 金井美恵子『恋愛太平記』

恋愛太平記 1 (集英社文庫)作者:金井 美恵子集英社Amazon 批評家というのはかわいそうな人たちで、何らかの参照枠がなければ、すぐに立ち往生してしまうと文庫解説で皮肉っぽい口調で書く斎藤美奈子は、『細雪』『台所太平記』『若草物語』に言及した『恋愛…

二人はなぜ灯台をめざしたか 吉田修一『悪人』

悪人(上) (朝日文庫)作者:吉田 修一朝日新聞出版Amazon『悪人』は朝日新聞に連載され、2007年の毎日出版文化賞、大佛次郎賞を受章。2010年には李相日監督、妻夫木聡、深津絵里主演で映画化された吉田修一の代表作の一つ(ちなみに今年9月には同じ原作・監督…

「解せぬ気分」とは何か 阿部和重『グランド・フィナーレ』

グランド・フィナーレ (講談社文庫)作者:阿部 和重講談社Amazon 阿部和重の「グランド・フィナーレ」は、どうもよくわからない小説だ。ざっと、あらすじを紹介しよう。ロリコンの中年男が自分のデジカメに保存していた7歳の娘のヌード写真を妻に見つかり、離…